ちんとんしゃんてんしゃん。
ちんとんしゃんてんしゃん。
イザナキノミコトとイザナミノミコトは、大八島国をおこしらえになった後、たくさんの神をお産みになりました。風の神、海の神、山の神、野の神、川の神、そして火の神をお産みになりました。ところがおいたわしいことに、イザナミノミコトは、火の神・カグツチノミコトをお産みになった時に負うた火傷が原因で、命を落としてしまわれたのです。
「あの忌々しい火の子を産んだばかりに、わたしは愛する人を亡くしたのだ」
その死を嘆き悲しんだイザナキノミコトは、カグツチノミコトをひどくお怨みになりました。そしてついに、哀しみにとり付かれたイザナミノミコトは、カグツチノミコトの首を刎ねてしまわれたのです。
嗚呼、なんと哀れなカグツチノミコトでございましょう。
この世に生まれてきたばかりに、
母を殺し父に殺され、
ひたすら憎まれ愛されもせず、
その亡骸はばらばらに、
血肉別れて八柱の神となり、
カグツチノミコトを敬う者は、
誰ひとり、いなくなりました。
ちんとんしゃんてんしゃん。
ちんとんしゃんてんしゃん。
*
星ひとつ見えない夜を、大きく橙の焔が照らしていた。
広場の中心、そびえ立つような組み木を囲い、男も女も浮かれたように、酒を飲み歌を歌い、時には喧しく叫ぶように笑いあっていた。いつもなら、母親から早く寝るようにと口うるさく言われる子供たちも、一年に一度の許された夜更かしに、興奮し頬を上気させる。夏の夜の湿った気候のせいか、燃える焔のせいか、人々の熱気のせいかはわからない。誰もがみな、汗ばむ肌をみなあわらにして、ある乱れた夜は更けゆく。
そんな浮かれた場面にそぐわない、ひとつの背中がある。
地味な藍色の着物をまとい、どこか物憂げな表情は、いかにも青少年らしく、不安定である。
齢は今年数えで15、名を京太郎といった。
京太郎は、村長の三番目の息子だった。
古くから続く家柄ではあったが、それほど裕福でないこの村の長など、なんのスティタスになどなりはしない。三男であるからして、家を継ぐこともない。容姿も、力も、頭も人並みの京太郎は、来年早々、東京へ行く。息子が少しでも良い暮らしができるようにという父の心遣いであることは、京太郎は百も承知だった。自分はもうこの村にもどることは、きっとない。だから、この日の焔が、京太郎にとって最後の祭りである。
ちんとんしゃんてんしゃん。
ちんとんしゃんてんしゃん。
太鼓と笛の音が鳴く。
賑やかだった広場に、静けさが伝染するように広がっていった。
酒を飲む男たちも、お喋りに興じていた女たちも、騒ぎ疲れた子どもたちも、あらたまった表情である一点を見据えた。この焔祭り本来の目的である、生贄の儀式が始まるのである。
鳥居からこの村を大きく突き抜ける大路地を通って、一行は雅楽隊を従えた神官を先頭に、ゆっくり、ゆっくり、広場の中心へと歩んでいく。色鮮やかな衣をまとった人々の中でも、一際目を引く人影がひとつあった。その今夜の主役ともいえる人物を、京太郎はよく知っていた。
やがて、焔を背に建てられた大きな櫓舞台に、ひとりの仰々しい神官が立ち、まもなくして祈祷が始まった。京太郎には彼が何を言っているのか、さっぱりわからない。幼い頃父に教えられた記憶はあるのだが、生憎それがなんだったのか、思いだせない。あまり興味のないことだからかもしれない。
流れ落ちる汗でじっとりと衣を濡らしながら、神官の声が大きく朗朗と、広場に木霊するさまを聞いた。ふいに視線を動かせると、嫌でもあの目立つ影に気を引かされる。あの人は茫然と、荒れ狂う焔を眺めているのが見えた。
長い退屈な祈祷が終わると、神官と入れ替わるようにその人が颯爽と舞台に上がった。その様を待ち焦がれていたのだろう、村人から、自然に大きな拍手が湧き起こる。
その人の細くしなやかな肢体が、背後の焔によって朱に照らされる。
夏の夜と人々と焔の3つの熱気で、その人の汗ばむ白い肌に柔らかな薄布が纏わりついて、ひどく官能的だった。薄い唇は緊張したように小さく震えていたが、すっと切れ長の目は恐ろしいほどに冷たい。その様子がどこか倒錯的で、京太郎は食い入るように見つめるあまり、手に持った飲み物を取り落としそうになった。
(身体が、あつい)
京太郎は眩暈を覚えた。
ちんとんしゃんてんしゃん。
ちんとんしゃんてんしゃん。
太鼓と笛の音が鳴く。
檀上の人物は音に合わせて手に持った扇をはためかせ、しなやかな身を悩ましげにくねらせる。
その度、頭上で高く結われた艶やかな黒髪が揺れて、焔の光にあてられて輝いた。
珠のような汗が飛び散る様は、京太郎の内なる欲を掻き立てるようだ。
「なんだ、今年の神子はやたら色っぽいなァ」
酒臭い息を吐きながら、酔った男が隣の男に話しかける。
「今年は男がやるって聞いてガッカリしたけど、いやまあ、これはこれで悪くねぇな」
「違いねぇ」
そう言って、二人の男はだらしのない顔をした。
焔祭りは、カグツチノミコトの御霊を弔う祭りで、毎年一人、未婚の若い娘を神子として生贄に捧げる習わしだ。だが、富国強兵の進むこの時勢において、生贄の風習などあってないもので、今では神子が神楽を舞うことでその代用としていた。更に、百年ほど前に流行病によって若い未婚の娘が用意できなかったことがあり、それから適任の娘がいない時は、少年が神子として神楽をする習慣ができた。
「去年まで神子だった松乃も、村長ンとこの息子と結婚しちまったし」
「喜之助のとこの富子はまだ8つだから、神子には早ぇもんな」
「しかし本当に、もったいねぇなあ。あいつが女だったら、村長どころか貴族様の嫁って言われても遜色ねぇのにな」
「俺ァ男色なんて興味ねぇけど、あいつだったらいけるわ」
言葉を交わす男たちだが、視線は檀上の神子から離れない。
うっとりとため息を吐く様は、かなわぬ恋をする者たちのものと寸分も変わりないように見える。
(なにを、今更)
京太郎は思う。その人が人心を惑わせる魔性であることなど、今に始まったことではないのだ。現に京太郎は、焔よりあつい熱に悩まされているのだから。
ちんとんしゃんてんしゃん。
ちんとんしゃんてんしゃん。
人生で最後の最も熱い夜は、燃え上がる朱色の焔と共に激しく輝き、なかなか燻り消えてはくれなかった。
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気持ちとしては、明治とか大正のころです。
場所は関西圏。
オチは考えてるけど、どれくらいの長さになるかは未知数です
しかも書き切れるかもわからん(^q^)