侘び寂びの「寂び」は本来刀の柄に入る茎(なかご)と呼ばれる部分の時代を経た深い紫がかった黒く羊羹色の錆を愛でる所から来てると言います。利休のいた西暦1600年代にも平安末期~鎌倉時代と言う更に400年以上の時を経た良い刀の茎はしっとりスベスベと何とも言えぬ手触りと吸い付く様な手持ちの感覚は只の鉄の錆、英語でステンレスで言う汚れの事を言いますがここでは鉄をボロボロにする赤錆(第二酸化鉄)と敢えて表面に錆を付ける事によってそれ以上腐蝕させない黒錆(四酸化三鉄)と言う酸化被膜(アルミが錆無いのと同じ原理)を付ける古の技なのか?偶然か?分かりませんが錆=ボロボロではなく黒錆にする不思議な現象があります。身近な所で言うと公園の鉄棒やブランコの鉄の部分が黒く艶々としているのが思い付くと思います。あれは特に錆止めを使って(勿論最初は使っている)いるのではなくて人の手のひら脂と擦れる事によって赤錆~黒錆に自然になった物です。この状態は分かり易い例だと思いますが、充分に洗練された鉄と鍛えによって最高の状態になった鉄は地球でもっともありふれた金属ですが宝石をも凌駕する素材へと変化します。これを長年手で擦り布で擦っていくうちに、当初はおそらくは偶然の産物であろうが錆が中に食い込まない酸化被膜化して行きました。結果的に日本人は黒錆化させる事によって丈夫にする事を覚えたのです。これが世界に例を見ない「錆」を愛でる様になったのです。物としては宝石等と違い大した物ではありませんが存在として凄い物として珍重されました。顕然と言う表現があります。
写真では分かりずらいと思いますが実際に触ってみるとしっくりと手に馴染み赤ちゃんの頬の様な柔らかく暖かみを持つ不思議な感覚を感じる事が出来ると思います。安易に酸やメッキをかけた偽物とでは触った感触で分かります。私は焼き物には疎いのですが良い焼き物はやはり手にしっくりと馴染む感覚があると思います。
西暦1600年頃迄に世界で流通していた金のほぼ9割が日本産でした。日本人にとって金は川等に砂金として普通にあり珍しい物では無かったのです。それよりも輸入でしか存在しない真鍮の方が珍重されました。今では考えられませんが小判より五円玉の方が価値があったのです。故に日本人には一部を除き黄金(純金)文化がありませんでした。むしろわざわざ鍍金と言うメッキをかける技術の最初とも言われています。純金で作るよりも銅等で作って金メッキをした物の方が高価だったのです。今では随分と変な話です。純金ブレスレットより真鍮メッキブレスレットの方が断然高級でした。現にこの時代の高級な国宝級の物には圧倒的に真鍮メッキの物多いです。
そんな日本には世界的に見ても類い稀なる良質の鉄が砂鉄として沢山採れました。
日本刀、鎧、鐔等の鉄を更に丈夫にする鍛練方法の研究によって高純度の鉄を作り出した結果的に黒錆(四酸化三鉄)が必然的に産まれたと思われます。
10円玉の錆、1円玉の錆、50円玉の錆…何か汚いイメージですが日本人の技術の粋を集めた鉄の錆はほぼ300年で黒錆が良く定着してアッパレ見事な代物です。
西洋や大陸の宝石や金銀の素材としての輝きに対して只の鉄の錆を高度に作る事によって宝石をも凌駕させる視点の角度の違いこそが日本の「美」の奥ゆかしさに繋がるのだと思います。
以前、行き付けの刀剣屋の御主人が鐔を磨いておられて一言「鉄の錆を見て喜んでいるのは日本人だけ」とちょっと皮肉めいた事を言っていましたが500年以上前の鉄鐔のウットリと深い黒紫色のテリと暖かい触り心地は今でも忘れません。
私は日本刀の研師である。日々刀と砥石と格闘している。故に必要が無い限り2~3週間位は人と話しもしない。だいたいお昼過ぎに目覚めて深夜にかけて仕事をしている。四季によって光の具合の変化があまり無い北側に研ぎ場を設けるのが一応の決まりみたいなものだが如何せん部屋の配置上南向きの部屋なのでお昼頃の光は強すぎてダメなのである。
刀は多分皆さんが想像以上に個性があるので砥石の選び方、使い方、順番等とてもデリケートなのである。ビートたけしが番組でメッキをかけている様だと言っていたが、まさしくそこまで細かく磨く。
厳密に言うとピカピカのツルツルにするのでは無く焼の入った部分とそうで無い部分とを研ぎ分けてハレーションを起こさせる。つまりミクロの世界では微妙な凸凹が光の乱反射を生み結果として虹色に輝く。
日本刀研磨は庖丁を研ぐ様に整形する下地研ぎと日本刀を美術品としての「美」を引き出す仕上げ研ぎ又は化粧研ぎと呼ばれる独特の研磨を行う。
長さが60~75cm位の物を庖丁を研ぐ様にシャコシャコ研ぐのは肉体労働である。茎(なかご)と呼ばれる柄の中に入る部分以外は全部研ぎの対象なので峰や小鎬筋等は特に難しい。しかし、刀の場合は研ぐ面は6~7ヵ所に対して十文字槍等は20面以上になる。ましてや千鳥十文字槍等は特に難しい複雑な造型の物で大抵の研師は仕事を断る。しかし、私は元来のへそ曲がり故にこの複雑な造型の物の研ぎを大の得意としている。自分で言うのも何であるが「ど~だ真似が出来るか?」と自慢の研ぎであるが弱点が一つある。あまりの複雑な造型故に絶対的な数が少ないのである。つまり非常にレアな物であるので注文は滅多に来ない。
実は短刀の研ぎも意外と難しい。何故かと言うと大きい刀に比べて30cm以下の小さい物だけに細かい筋やキズが目立つのである。刀に比べて一目で全体像が分かるだけに誤魔化しが効かないのである。鏡の上にあるスーッとした細かいキズさえも許されない。又、短刀は小さい故に刀匠も全精力を注いで製作するので名品が多い。刀の上手の見所は短刀に現れる。
さて、刀の作り方は幕末の作り方の模倣であるが、刀剣研磨は約千年あまり変わっていない。しかし、昨今、砥石の涸渇が影でクローズアップされている。人工の良い砥石もあり整形研ぎ等では私も使うが仕上げ研ぎでは天然砥石でなくてはならない。昔は京の都で多く産出されたが多くの砥石が戦前、戦国直ぐに涸渇して採掘を止めている。
日本刀と言う世界的に見ても類い稀なる美術工芸品も最終的には専門の研師が研磨して初めて美術品となる。錆びれば名刀も凡刀も只の鉄の棒である。
いにしえよりこの砥石、しかも日本刀に適した良い砥石は例えて言うならば大トロみたいな物で良い部分は大きな塊、つまり原石でも僅にしか採れない。ましてや昨今の状況では本番京都は全滅して関東等のひっそりとした問屋さんの在庫のみとなった。拳位の大きさで数十万円。その中でも上質な部分はごく僅か…。中には奇跡的に全部大トロの最高の砥石もあるが中古車位はゆうにする。しかし、砥石が無ければ研師も岡に上がったカッパである。良い砥石は研師の魂である。
日本が世界に誇る日本刀の文化保存は今危機的な状況にある。多分私の少し後の世代にはもう良い砥石は無くなっているだろう。故に私は五人位が一生使う位の砥石をストックしている。公益財団法人も動かないので私が出来るのは無理をしてでも良い砥石を沢山ストックする事しか出来ない。この砥石を地質学的に見て外国には無いのか?日本国内でも鉱脈はもう本当に無いのか?大規模な研究及び調査は一般人の私には出来ない。
日本刀や鎧等の一愛好家としてこれからの技の伝承と共に砥石の運命を危惧してやまない。
私は匿名性の低いFacebook派である。とかくこの業界はウソ、虚構が入り交じる。ブログと言うと聞こえは良いが単に絵日記を公開しているのと同じ事である。書く内容は各々自由であるが最低限、誰かに読まれている。或は見られていると言う意識が必要であると思う。一人の人間として最低限のマナー、意識を持って接したいと思う。
私は普通の一般人なので誰が見るのか?普通は誰も気にしないでしょう。しかし、敢えてこんな場所に絵日記を書く以上は少なくとも読み手に心地の良い内容や読み易さを意識して書く事は公にアップするマナーと心得る。
まぁ、たまには少々愚痴じみた話しになる事もあろうがここに書く以上不快な内容だけは避けていきたいと思う。
私は習慣としてテレビと新聞を読まない。半ば世捨て人の様な隠遁生活をしている。筑紫哲也氏が亡くなり各テレビ局は女子アナを全面に打ち出してジャーナリズムとはかけ離れて色気と事象のみを伝え、又番組も手抜きトーク番組が多くなりエンターテイメントとしての娯楽は終わった感じがした。つまり単純に面白く無くなったのである。只、唯一、悔やまれるのはファンの小林恵美さんをテレビで見る事が出来なくYouTubeで少し拝見出来るだけである。しかし、ファンクラブに入る程マメでも無い。でももしもそんなのがあったら入ってみようかなぁ…とも思ってみたりする。
そんな普通の一般人である私が唯一彼女の文章を読めるのがこのアメーバと言う訳である。私Facebook派なので承認申請をしているが諸事情の為か保留のままなので仕方が無い。まぁ、もっとも例えFacebookで承認されたとしても下らない駄洒落や刀剣関係のエッセイ等をアップするだけなので小林恵美さんの目を煩わす程の内容では無い。でも読んでちょっと笑える事や少し考えてみる事象等なるべく有意義な内容にしようと努力はしているが、つい下らない駄洒落とかになってしまう。
しかし、一方通行ではあるものの好きなタレントさんの文章を読めるだけでも大変有り難い事である。