【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
米国の原子力政策 立ち往生 “核の墓場”づくり難航
住民訴訟も相次ぐ
核の商業利用に乗り出して約半世紀になる米国で、原子力政策が今、立ち往生している。原子力発電所の老朽化、コス卜削減による事故の危険性の増大、たまり続ける使用済み核燃料。商業原発からの高レベル放射性廃棄物に責任をもつ連邦政府は、仮の保管施設さえ確保できないでいる。全米各地に放射能汚染の脅威は広がっている。(在ニューヨーク、フリージャーナリスト・神尾理思子)
2基の研究用原子炉を持ち半世紀の間、放射線医療や放射能汚染の研究で米国の先端に立ってきた国立ブルックヘブン研究所(ニューヨーク州アップトン)に対し今年2月、周辺住民が10億ドルの集団訴訟を起こした。
「数十年に及ぶずさんな放射性廃棄物処理による排気や排水で、住民にがんなどの健康障害と地価下落などの経済的損害を与えた」と。
原告側のローズン弁護士によれば、同研究所から半径約20キロの地域の乳がん発生率は全米最高。子供の舌がん、喉頭(こうとう)がんなど飲料水が原因と疑われる発病例も多い。
同研究所は1989年から.スーパーファンド(環境汚染除去連邦助成重点地域)に指定されているが、地域の批判が高まったのは、研究所職員が所内のずさんな汚染除去風景を撮ったビデオを地元テレビ局に送った内部告発による。研究所は下水設備刷新のため約2億リットルの汚染水をペコニック川へ放出予定だった、とも報道された。
同研究所を管轄するエネルギー省は今年1月、人体に有害な環境汚染はないとしながらも、「予防措置」として井戸水に頼る周辺の約800世帯に水道を無料配備した。
ニューヨーク州厚生局は9月に「ペコニック川からは確かにブルックヘブン研究所からの放射能汚染が認められたが、汚染値は連邦基準の10分の1で人体に害はない」と発表。地元の環境団体は「汚染値はニューヨーク州の他の河川の100倍で実害は確か」と反論。裁判には数年かかるもようだ。
原発は50年代には「使用量を計る必要がないほど電力を安くする」ともてはやされた。予測では2000年までに全米に1000の原子力発電所ができるはずだった。しかし、早くも70年代に建造ラッシュは下火となり、100カ所以上が建設中止に。78年以降、新設はなく、現在操業中の原発は109施設にすぎない。
米証券会社の予測では、経営上の理由で2000年までに25施設が運転停止になる。経費が高額な原発は割高となり、事故で負う膨大な経営上のリスクが原発離れの理由のようだ。
原発による環境汚染の疑惑は各地で絶えないが、汚染による損害を住民が立証するのは至難だ。79年の事故をめぐるスリーマイル島原発訴訟では今年6月、「がんなどの健康障害と放射能汚染の直接の因果関係が認められない」と、2000件の損害賠償訴訟がまとめて却下された。
反対運動で2500人の逮捕者を出し、予定から11年遅れて90年にフル運転を開始したニューハンプシャー州のシーブルック原発では、最新の監視網をもつ住民グループ「C10」が昨年11月深夜、通常の6から15倍の放射能を検知した。
原発側は「排気筒の放射能メーターは停電で作動していなかったが、所内の他の計測値は通常通り。C10の検知した放射能の発生源は発電所ではない」と説明。原子力規制委員会は4カ月後、「燃料交換のため運転停止中で、放出はあったが放射能は微量」とする調査結果を出した。
それに対してC10は「メーターが偶然に作動していなかったとは考えにくい。深夜に故意に放出したのでは」と疑っている。
原子力規制委員会の安全度ランクで今年、コネティカット州のミルストン原子力発電所と並び最悪とされたのは、ニューヨーク州公共事業体所有のインディアン・ポイント原子力発電所。93年の運転停止処分後、設備改善、職員の再訓練を経て昨年5月に運転再開が認可されたが、55日後に再び運転停止に。その間に運転基準違反で2回の勧告、5万ドルの罰金を科された。地域の原発反対派は同原発がコスト削減のため安全性を軽視していると批判。「電力供給過剰のニューヨークに原発は不要」と廃止を求めている。民間原発からだけで約3万トン、軍需を合わせれば約8万トンにもなる高レベル放射性廃棄物も深刻な問題だ。核拡散の恐れから再処理を行わない米国は、82年の核廃棄物規制法で高レベル放射性廃棄物を、98年1月までに国が引き取り、永久埋蔵する予定になっている。
それまでは各原発が使用済み核燃料を発電所内に仮貯蔵するが、貯蔵用冷却プールは許容限度に達し、その処理に苦慮している原発が多い。
政府は人体への危険がなくなる1万年後までは、放射能が土壌に流出しない「核の墓場」として20地域を候補として検討。ネバダ州のユッカ山の地下を最終候補地として地質調査を開始した。
ネバダ州や市民団体は「ユッカ山は火山に近く、地質は不安定。科学的見地ではなく政治的な候補地の決定だ」と大反対で、2010年までに埋蔵施設を開設する目標達成は絶望的のようだ。
原発産業の請願で共和党が今年提出した「ユッカ山に仮貯蔵施設を開設、99年から既存の高速道路や鉄道で廃棄物輸送を開始する」とする核廃棄物規制法の修正案は7月に上院で可決。しかし下院の共和党は11月の選挙前に国民に不人気な立法のゴリ押しは不利とみて、年内立法化を見送った。再選されたクリントン大統領は、議会を通過しても大統領拒否権を行使すると誓うが、行方は再び過半数を獲得した議会共和党の出方にかかっている。
(中日新聞 1996/12/04)