【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
チェルノブイリ原発事故から8年半
長期の低線量被ばくに不安募らすベラルーシ
がん「増加」、不完全な究明
大地の放射能が、食べ物を通して体をむしばんではいないか──隣国ウクライナで8年半前に起こったチェルノブイリ原発事故の汚染地を抱えるベラルーシで、事故の記憶が薄れるのとは逆に、がんなどへの不安が強まっている。首都ミンスクで10月初め、科学者たちが、歳月を経て表れる放射線の影響を考える国際シンポジウムを開いた。広島、長崎の被爆と異なり、低い線量の被ばくが長期間続く、原発事故汚染の不気味さが浮かび上がった。(ミンスク=尾関章)
●不 安
7歳の春だった。雨にずぶぬれになりながら、夕方まで戸外で遊んでいた。三百数十キロ離れたチェルノブイリ原発から飛び散った放射能は、風に乗って北上しつつあった。「外に出ない方がいい、と母から言われたのは数日後でした」
人口約160万人、森と農地に囲まれたミンスク。その郊外の団地で、オリガ・キリーナさん(16)は、体験を記者に語った。
事故から6年後の1992年、甲状腺(せん)のはれが目立ち始めた。もしかしたら、甲状腺にたまりやすい放射性ヨウ素に侵されたのかも知れない。不安にかられた。今のところ悪性ではないが、「治らないうちは、結婚しても赤ちゃんを産みたくない」と言う。
キリーナさんはその年の秋、朝日新聞厚生文化事業団などの募金救援活動「チェルノブイリに光を」の招待により来日し、広島で検査を受けた。「宮島や平和記念公園にも行った」。でも、忘れられないのは、医師から「体内に放射能の蓄積はない」と言われた瞬間だった。「本当に、ほっとした」
ジャーナリスト志望。大学を出たら「チェルノブイリ」を書きたいと言う。
●被爆国
広島で被爆資料を見て、キリーナさんは「自分の国も同じ運命にならないでほしい」と感じた。シンポジウムの焦点は、この国の汚染地対策に、日本の経験が生かせるかどうかだった。参加者約250人。日本からも研究者ら十数人が出席した。
「汚染地では、放射性セシウムが年に3-7ミリずつしか地中に沈み込んでいない」。ベラルーシの放射線生物学研究所は、こんな見積もりを示した。汚染物質が地中に染み込んで浄化が進む、という期待は裏切られた。さらに、風がこの汚染土を巻き上げる。
「草原では、草が土壌の放射性物質を吸い上げている」という指摘もあった。森林研究所の・・イパティエフさんは「森林労働者は、都市生活者の3-13倍の放射線を浴びている」との試算を発表した。
線量は高くはない。しかし、問題は、こうした日常的な放射線被ばくによる健康への被害だ。
研究者の間では「低線量なら被害はガクンと落ちる」という見方もあるが、広島大学原爆放射能医学研究所の大瀧慈・助教授は、疑問を投げ掛けた。
日本の被爆者統計をもとに、肺がんや胃がん、肝がん、大腸がんなどについて、放射線でがんにかかりやすくなる度合いは線量とともに直線的に増えていることを示し、線量が低くてもそれなりに危険度が増す可能性を明らかにした。
ベラルーシ医療技術センターのA・オケアノフさんらは、同国で「肺がんや胃がん、乳がんを中心に、がん全体が急増している」と報告した。78年から93年までの間に、がんの発生は男性で44%、女性で35%も増えたという。
●原 因
この傾向は、事故以前から見られることや、肺がんの増え方が女性より男性で目立つことから、「診断の精度が上がったためではないか」「喫煙の影響はないか」などの疑問も少なくない。それでも現地では、事故による汚染がいくぶんかは関係していると疑う見方が根強い。
国際原子力機関(IAEA)の国際諮問委員会が91年の報告書で、白血病や甲状腺がんの増加を記した旧ソ連の統計について、データの不完全さを理由に「白血病やがんの目立った増加を示していない」と分析したことがあった。ところが翌年、「汚染地で子供の甲状腺がんが激増した」との報告が英科学誌ネイチャーに載り、がんの増加が認知され始めたからだ。
汚染地ベラルーシでの研究成果も世界にはあまり知られていない。「月給約15ドルでは外国の学会にも行けない」とユーリ・イワシケビッチ医師(28)は嘆く。
シンポジウムに参加した民間団体の原子力資料情報室の高木仁三郎代表は「今回の研究発表を英文で、世界にわかりやすい形で伝えたい」と話していた。
(朝日新聞 1994/10/16)