【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
日本の意見広告 英論争に“火”
英の再処理施設 運転開始問題 反対・推進両派、有力紙に
日本の原子力発電所から出る使用済み燃料も扱う英国の新しい再処理施設「ソープ」の運転開始をめぐって、日本の原発推進、反対両派の対立が英国内の論争に大きな影響を及ぼしている。各国のプルトニウム離れが進む新しい状況の中で、英政府は運転許可を先送りし、ソープの「経済性」について、もう一度、議論をやり直すことにした。ソープの行方は、プルトニウムの積極的な利用を目指す日本の原子力政策をも左右しかねない情勢だ。(ロンドン・尾関 章/東京科学部・渥美好司)
「日本が必要ないといっても、ソープを動かすの?」──。6月、英有力紙「インディペンデント」に「プルトニウムを憂慮する日本市民」名の全面広告が載った。
ソープは、英国核燃料公社(BNFL)がイングランド北西部のセラフィールドに建てた施設で、使用済み燃料からプルトニウムを取り出す。今年初めには稼働するはずだったが、政府の許可がまだ下りていない。
意見広告は、日本の高速増殖炉計画の遅れや、核拡散、汚染事故を心配する内外からの批判によって日本のプルトニウム需要は低下する、と指摘。海外に委託する再処理量もずっと少なくなり、ソープの経営は苦しくなる、と主張した。
●大きな反響
広告を出した「日本市民」の事務局である原子力資料情報室(東京、高木仁三郎代表)の鮎川ゆりかさんによると、英国市民からの反響は約170通。意見広告に付けたカードに署名して郵送してくれたのだ。
「広告代は200万円を超え、カンパでは足りなかったが、予想以上の反響でした」と鮎川さん。
日本の電力会社の反応は素早かった。反対意見が掲載された翌週、「はっきりさせよう。日本の電力10社はソープを求めている」という全面広告を「タイムズ」など4紙に出した。プルトニウムを高速増殖炉の燃料や、軽水炉の混合燃料として使う方針を強調し、ソープ操業を「一刻も早く進めるよう英政府に求める」と結んだ。
この反論の文案を練った海外再処理契約委員会の松永長男事務局長は、「(国際環境保護団体のグリーンピースがソープの安全審査に不備があると、英政府に圧力をかけている。日本からも英国世論を惑わすような意見広告を出されては、黙っているわけにはいかない」と言う。
この広告は、下院の論戦に、すぐ持ち込まれた。野党の自由民主党がソープに対する国外の強い反対論にふれて、公聴会を求める動議を出した。政府側は、対抗して早期操業を訴える修正案を提出、その中で「日本の電力10社の強い支持」に言及した。
●日本に期待
英政府が日本に期待を寄せるのには理由がある。ソープがすでに得た受注は、約90億ポンド(約1兆4000億円)。半分以上が国外で、その最大の顧客がドイツと日本。現地に届いた使用済み燃料約7000トンのうち約2000トンは日本からだ。
ところが、ドイツは「使用済み燃料はすべて再処理」という従来の方針を見直しつつある。この6月には、欧州の海洋汚染防止を目指すパリ委員会がソープの放射能排出削減を求める決議をした際、賛成に回った。いまや頼れる得意先は日本だけなのだ。
もっとも、英政府の姿勢もこのところ微妙だ。早期操業を訴える一方で、ガマー環境相は、昨年11月から今年1月まで行った公開協議を結論を出す前に「もう一回、実施する」と表明した。早ければ今月末から8-10週間、近隣自治体など約20団体と協議する。
●痛いところ
今仰の公開協議の焦点について、BNFLのJ・ギネス会長は、ずばり「ソープの経済性だ」と言う。
「日本市民」は、これまで米国など4カ国の新聞にも日本のプルトニウム利用の危険性を訴える意見広告を掲載してきた。しかし、電力会社かち反論広告が出たのは、初めて。「危険性だけでなく、ソープの経営の困難さなど、痛いところを突いたからでしょう」と鮎川さんは指摘する。
安全性や環境以前の「経済性」が、ソープ存廃の決め手になることは間違いない。
「ソープの運転開始が半年ほど遅れても、ブランスでの再処理スケジュールをやりくりすれば、それほど影響は出ない」と日本の電力会社はいう。しかし、万一、運転中止に追い込まれれば、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の運転や、従来の軽水炉でプルトニウムを燃やす計画に支障が出るのは必至だ。
原子力政策を推進する科学技術庁も、意見広告を読んだ人からの質問に答える用意をするなど、神経をとがらせている。(朝日新聞 1993/07/26)