【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
ソ連の緊急装置 頼みの注入水、役に立たず
日本と同様のシステム 万全に疑問符
原子力発電所には、最悪の事故「炉心溶融」を防止する緊急炉心冷却装置(ECCS)がある。
ソ連チェエルノブイリ原発の4号炉にも、ほぼ日本と同様の、この装置があった。結果的にこの装置が役立たなかったことは、「万一の時にもECCSがあるから大丈夫」といわれていただけに、今後の原発安全論争に大きな影響を与えそうだ。
事故を起こした原子炉は、ソ連が開発した黒鉛チャンネル型炉。黒鉛レンガを積み上げた直径11.8メートル、高さ7メートルの円筒形炉心に、練炭のように垂直方向に穴をあけウラン燃料の入ったパイプを1693本通している。このパイプの中は70気圧の高圧冷却水が循環し、核分裂で生じた熱を運ぶと同時に、炉心の過熱を防いでいる。
ソ連の専門家の論文などによると、異常事態の主な想定は、冷却水パイプの破裂だ。「最悪の想定」としては、ポンプから押し出された冷却水が、炉心の燃料パイプに向かい支線に分かれる部分の、直径90センチの極太パイプが破裂したときを考えている。
この事態が発生すると、まず制御棒が炉心に挿入されて核分裂反応をストップすることになっている。しかし、核分裂反応は止まっても、燃料中にある核分裂生成物から崩壊熱が出て温度が上がり続けるので、燃料を水で冷やす必要がある。
このとき緊急に水を送るのがECCS。黒鉛炉では2つのシステムからなっている。1つは、即座に水をパイプに高圧注入する蓄圧注入装置。水タンクは比較的小さいが、停電時でも動くように水タンクが高圧ガスで常に加圧(蓄圧)されている。注水の際、破れたパイプから水があまり漏れないように、各所にある弁が有効に働く。この注水が終わると、2番目のシステムとして大きなタンクに蓄えられている水が、ポンプで送り込まれる。ポンプも安全を考えて3個ある。まさに「万全」のはずだった。
日本の場合、例えば一昨年から運転している九州電力の川内1号炉では、「蓄圧注入装置」のほか、高圧と低圧の2つのポンプによる注水装置を加えた3つのシステムがある。炉心全体を圧力容器で包む加圧水型軽水炉(PWR)なので、黒鉛炉のようにパイプに注水するのではなく、圧力容器に注ぐという違いはあるが、基本的にはほぼ同じシステムだ。
PWRでは、さらに全体を包む格納容器がある。放射能を持つ冷却水が漏れたとしても、格納容器の内部に閉じ込め、そこから外部には漏らさないという役割を帯びている。黒鉛炉でもパイプ類や炉は分厚いコンクリート壁で覆われ、漏れた冷却水を密閉するようになっている。日本の専門家も「PWRと同じ形式の格納容器ではないが、ソ連の黒鉛炉も設計上はこれで十分となっているのだろう」とみる。
事故の詳細はまだ分からない。制御棒がうまく挿入されなかったのかも知れない。ただ結果的にはECCSも、事故を防げなかった。
近藤駿介・東大教授(原子力工学)は「まだデータが少な過ぎるので……」と前置きしながらも「まず、何かの爆発があって全く想定外のものを壊したとしたらECCSは有効に働かなかったかもしれない」。また、「日本とよく似たECCSを持つ原子炉で炉心溶融が起きたことこそが問題だ」との指摘も多い。
(朝日新聞 1986/05/12)