1.歩いていけるサマソニに参加してみたい人生だった

だから生息地バレ…(いまさら…)
あのーO阪、今年とたぶん来年も?ミャクミャク様の魔方陣の関係で(なんで回りくどい言い方すんの??)、サマソニが歩いていけるところに来るんですよ。
とかいってふつうにサマソニ2日目の日程とみうらクンの夏イベがドンカブリしましたけど。ワタシはトーキョーに行くわ。アデュー。
まぁ1日目なら行けるが、ワタシには用はないところでござった。タイテみたけど元JのGチラホラ出るみたいじゃないのよ…地図とか出てくれても良いやつじゃない?それかキムラとかさぁアルバム出てすぐなんでしょ(ツアーの日程はよく知りません)
てかサマソニのサイト見たらアクセスのアナウンスがトンデモすぎてびっくりしたわ…阪急山田か南茨木から徒歩40分って笑それ公式のアクセスルートに載せるのえぐない??てか南茨木からどうやって歩くの…中環沿い??JR茨木方面??いずれにしても南茨木からの徒歩ルートの途中にいくつも駅があるのだが…いくら混雑分散策やとしてもやで…
まぁでもほんと最近ガンバの試合日の生活路の通行量がやばいので、やはり1万人を超える動員の大規模興行へは主催が案内しているアクセスルートを利用してほしい。
とはいえ観客がどのルートで会場入りしようが自宅と会場との立地は変わらないので、風向きによっては音が想像つかないですね…4ステージで8時間?の野外ライブでしょ…どうなるんだろう。
…ま、ワタシはトーキョーにいくんですが…!
無事チケもとれてますよ。たのしみだなぁー!!

てかサマソニのタイテ、and moreって書いてあんのよねー。あと一ヶ月なのにまだ伏せられてる出演者いるの?
仮によ、空想の範囲としてよ、五京(5千兆のさらに一桁上…)分の一、スマがサマソニ参戦!ってなったらワタシはどうするんだろうなー。
…そうね、うーん、1日目だけ行くかな。だから1日目が大阪だったら良いけど、1日目が東京だったらみうらクンのイベを(当日入りで手配済みだけど)前乗りに変更して、幕張?行く。
…18日ナカイのBD当日なんだけどな…笑
そっか…、そうなると話が変わってくる…笑
いや仮にナカイが18日に単独イベぶちあげたとしても、いやぁーまぁー悩むけどもなぁーまぁでもチケがそもそもとれないでしょ、サマソニはその点チケはたぶんいけるじゃないですか、当日の動き方が勝負なのであって、
違うねんよ、単独イベならギリ回避でFAできるけど、スマと過ごすナカイのBD当日ってのがね…何年ぶりよそんなの…一体どうなってしまうのか…何もなかったかのようにスルーだとしても、それでも、それを見届けに行かねばならぬわけですよね…
そう…ワタシは観察者…自分が何を体験するかということよりも、鑑賞対象がどんな体験をするのかということを見たい…そういう側の人間…
…なので、みうらクンのイベがお渡しとかいわれましても、ワタシにとってはそれは加算ポイントにはならんのよ…

…はいはい、獲らぬ狸の皮妄想でしたー



2.そう、何か、突然「躁」じゃない?

お渡し会…?????
予定は未定だとしてもやで……
ちょっとまた意外なベクトルで来たやんか…。

話前後しまくるけどさ、中国のイベがすごく良かったようで、現地のファンの方々や、日本からもTLでお見かけしたりする強火勢の方々が何人かいらしてたようで、ああ日本からも見届けてくれた方がいらっしゃったんだなぁとほっこりしてまして、
ライブの感想がさ、あまり見かけないようなスペシャルな語彙で絶賛されていて、そこを比較して感じ取れるのは国内でのまぁここしばらくのライブの感じを多く体感されている方々ならではのご感想だとおもうし、それゆえに、そういった本数こなされてる方々がここまでの言葉でおっしゃるのだから相当な到達点だったのではと推察できるわけで、
あぁぁぁぁぁぁぁぁそれ観たかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
なるほどチャンスの女神には前髪しかないし、次々去来していく女神たちのどれにどんな魅力的な前髪が備わっているかはその女神にがっつりタックルかけて正対してみないとわからないんだな。
知ってた。
わかりすぎているくらいわかってた。
だからこそ、どんなに確率が低そうに感じる女神であっても取りこぼさないようにと強く心がけて、全力で努めてきたわけで。
…それでも取りこぼすんだ。
スマなら6人最後の浜松、マイナスさんなら2018年♯3の札幌、めちゃ迷ったけど行かなくて結果的に激レア回となって、それはやっぱりワタシの中には後悔として残ってないと言えば嘘になるので、
いややれるだけのことはやったとはおもってますよ、だから悔いはないと、ただやっぱりああ行きたかったなぁ…無理してでも行くべきだったな…というのはね、いつまでも忘れることはないし、…後悔、とは認めたくはないし、当時はそれぞれめちゃくちゃ考えて迷った上で行かない選択をしたんだよね、だからその判断自体はね…、
……だからだろうよ、だから、その判断自体がさぁ、間違ってたんじゃないの。
だって絶対無理なんだったら検討もせず割り切ってスッパリ諦めてたわけよ、けど何日もウーンウーンと悩んでたわけじゃないですかぁ、
韓国は最終的には今までの経験上これだけ悩んだ上で行かなかったら絶対後悔する、っておもったから行ったんだろうともおもう。あの申込みボタン押したときはそんなこと考えてなかったけども。
だから経験則に照らし合わせると、散々悩んだんだったらもう行かなきゃなのよね、ああ…もう…それはそう…次はもう間違わない…、…チャンスの女神に後ろ髪はないんだよな…、
またいつか次の機会にそういう神域のパフォーマンスに至る姿を見ることができる、体験することができるだろうと、それはまぁ確信としては持ってもいるわけですが、それでもさ、過日のパフォーマンスと同じものはもう二度と見届けるチャンスはない。
ライブは生ものなんだよ。

…話の主題まったく変わってんじゃん笑

いやその話もめっちゃしたかったので…。
ああー中国のライブまじで…まじで観たかったなぁ……!

…で、その中国から帰ってきた直後から、何かみうらクン…めっちゃ躁じゃないですか…?
とくにSNS…
どしたの…ってかんじで…
知らんけど……。

で、お渡し会……を計画……っていう……おはなしなんですけど……、
せっかく東京FMホールとっといて、ライブはやらないのかなぁ…。
たしかにパーティってかいてあるからライブよりイベント寄りの内容なんだろうし、東京FMホールっつって音響設備とか全然知らないけども、でも何か当たり前にライブは観られるものだと思い込んでいたが…、
お渡し会っつって1人10秒として300人強だと1h弱かかるじゃないですか。
ステージ上に居てくれるのを見られる時間は1hくらいになってくる。カレイベくらいですよね。
アレだ、証書授与形式で、壇上でお渡ししてくれるのを客席で観られるタイプでおねがいしたい笑
お渡し後はそのまま退場だとしても、せめてそれまでの間は観させてほしい…
だから客席の前列から順に壇上を経由して退場っていうルートで…なので席が後ろの人の方が長い時間みうらクンのおすがたを見ることができるっていうシステムで…そう…地図のファンミのお見送り形式…地図だってお見送りが壇上で為されるようになったのは最近の話で、最初の頃はふつうに退場後のロビー通路にそれぞれ立ってたから自分のルートのお見送りが誰かってのは出て行くまでわかんなかったし、その間のメンバーの姿を見ることはできなかったのでね。今は全員の姿が見られるし誰か一人のところには至近距離で通れるのでベネだとおもう。個人的にはお見送りは今でも得意ではないんだけどもね…どうすればいいかわかんないから…(まだそんなこと言ってる)
いや、みうらクンに対してはね、うん、あちらがそういった交流を求めて企画してくれるのであれば、全力で最適解を探し出して務める所存でございますけれども(最適解っつってそんな悪目立ちするようなベクトルでは全く一切なく、自分のアイデンティティやポリシーだとかと矛盾しない形でいちばんふつうに/私らしく/先方に失礼や嫌悪感を抱かれないような…ご迷惑をおかけしないような…そんな所作を検討して実行する、っていうことですよ……)
とりあえずAg+はプレミアムを買うね…あとメンズ用の汗拭きシートも持ってくね…早めに現地入りして粗相のないように身支度するね……
……お渡し会っつって何がどんな風に執り行われるのか、そもそもそれが実現するのかどうかについても、…知らんけど。
ないならないでいいし、ないにしてもAg+はプレミアムが良いだろうし、汗拭きシートもたっぷり持っていくといいよ。

いや、何かネガっぽい流れになっちゃってる感じですけども、全然そんなことはないので。
そう、それこそ中国でのライブについてもさ、高い到達点に至れたのであれば、それはほんとうに喜ばしいことであってね、率直にうれしいんですよね、この話何度もしてるとおもうけど、アスリート、たとえばフィギュアスケーターだったりとか、本番で自分にできる最高の演技が/最高のさらにその先に届く演技が出来るかどうか、って、それこそ一回も成せずに競技人生を終える人もたくさんいるだろうとおもうし、
(F井だってさぁ…、あそこに至れたのはマイナスが「欠いた」すがたになったことが不可欠な契機のひとつであることは間違いないわけでさ、だから信じられない奇跡だというんだ、)
ワタシがその奇跡を見ることができなかったので想像でしかないんだけど、想像だからこそ異世界とのあわいにまで連れて行かれる夢想をしてしまう。
壁を飛び越えられない、しがらみから抜け出せない、そういうもどかしさみたいな表情を、たった2y2m、みうらクンのライブ体験はその中でもほんの1y4mしかないヒヨっ子幼児たるワタシでも、もう何度も…見てきたのでね…、
一瞬でもその先に届いたのであれば、その瞬間はもれなく見届けたかったんですけどもね。
ま、ワタシが見た見ないにかかわらず、それがあったのであれば本当にうれしい。繰り返しますが、まずはそれはうれしいことだとおもってます。本気です。

ほんで、そこで至った感覚だったりとか、新鮮なファンの熱量を浴びての高揚だったりだとか(それこそライブもそういう効果があっての出来栄えだっただろうとおもうし)、そういうのが…この帰国後直後からの躁なかんじに…反映されているのですかね…?
短絡的ですけども。
まぁ地球ゴの大楽以降も一瞬SNSかわいらしくて、大黒さんと秀くんとの交流だったりもあったりしてたせいもあるんでしょうけど、
あれやねどちらかというと波があるタイプのひとなんやね…他人の波ってのはそれぞれ違うからじっくり観察して把握していかなきゃですよねー、まぁさ実は誰しも波ってのはあって、近頃やっと自分の波の存在にも気付き始めてるかんじなんですけど、だからわりとしっかりめの波?
知らんけど。

こっちがどうしようと、波がなくなることもないし、ずっと躁なままってわけにも決して行かないけれども、できるだけ気分が良い日が長く、また下がった時にもできるだけ早めに上がってこられるように、何かできることがあれば良いなと、何かめぐりめぐって彼にとって良い作用の一因になればいいなと、日々想いながら楽しく推し活していきたいですね。
毎日、今も自室に飾ってある、去年のカレンダーを見てはハァーすてきだね…とくにこの7月の赤いシャツのおしゃしんは壁掛け卓上どちらも手の佇まいが良い…肘から手首までの輪郭線と、リラックスした手指の上品でたおやかな重なり方が良い…
…ワタシはこういうのもれっきとした推し活だと思ってますよ…!


いつもに増して支離滅裂な上に語彙不足を説明放棄している!



3.鴨ちゃんを語りたい

こんな三連シリーズでやることじゃ全然ないんだけど、この勢いで鴨ちゃんの話しちゃいますね!(この勢いでやってもろくなことがなさそうだが…!!)

こないだ京都一人旅に繰り出しまして、壬生寺-八木邸-角屋を徒歩で回りました。
壬生寺・芹沢鴨の墓(参拝料300円)
八木邸・新撰組屯所(見学料1100円。約30分のガイド、お抹茶と屯所餅付き)
角屋・新撰組もよく使った料亭的なお店(1.2階見学料1800円。約45分前後のガイド付き)

壬生寺には新撰組の塚?みたいなのがあって、近藤の像と土方の像と、鎮魂碑みたいなやつとか、有志の方々が建立したらしいものがいくつもありまして、芹沢鴨と、あとひとり隊士?の名前が彫られた墓石は、ちゃんとお墓ってかんじの玉石と縁石の区画に、辻地蔵ってかんじのサイズ感でそうしっかり研磨されてるわけでもないゴツゴツした石で、しゃがみこんで頭を下げてやっと相対できるかんじの、まったくこぢんまりとした、いかにも本当に当時からここに建てられてたんだとおもわせる実在感にあふれた佇まいでした。
休日に行ったこともあって、何だろうきっと刀剣のキャラだったりとかのフィギュアだのぬいだのを持っていらっしゃってる方々と肩を並べて見学することが多かったんですが、芹沢鴨の墓をじんねり見ようという方はおられませんで笑…、まぁそうやろな…それはそう…でしょうね…ワタシだってほんとうに半年前までは山南推しの試衛館派だったわけで(組!準拠)、わりと明確に鴨憎しだったわけですよ、それが何ですか、組!当時からも一度も訪れたこともない壬生寺に、鴨の墓前に手を合わせるためにこんな小雨の中ぼっちで拝観料まで払ってやってきたわけですから、こんなもんねここで鴨の墓に手をあわせるやつなんざもし居たらそのまま意気投合して昼飲みに繰り出すやつなんですよ…(居なかった)(居なくていいのよ…笑)
地下に資料館みたいなのもあって、降りたとこに版画が飾られてて、組!のOPで使われてた版画なんだって。いきなり妙にレアな展示物が来たぞ…。てかなんで今になって組!の巡礼旅みたいなことやってんの…、運命とは数奇なものよ…。
資料館から上がったらちょうど正午になってて、新撰組のコスプレをした劇団一座の方々が奉納劇?みたいなのを本殿の前でやってました。その劇団員の方は一時間後に八木邸にもご挨拶に来て何か差し入れ?を渡していたので、この地域で活動する方々なんでしょう。何かアレよねお城に武士が居たりしてたやつ昔ありましたよね、あんな感じの方々なのかなー。
壬生寺の参道の一角にある掲示板みたいなとこに、君ゆきのポスターが、第1章のと第2章の2種類貼られてました。あのポスターさぁよく見たら第1章と第2章で鴨ちゃんだけ居なくなってんのよね、何かかなしいわ…、まぁがっつり爪後残して先に退場するキャラを任されることがあるタイプだし、新撰組モノで芹沢鴨生存ルートはさすがにありえないので必定なんですが…、この華やかな鴨さまが第2章の夜景にいたらどんなに綺麗だったかなぁとかもおもったりはしますね。

八木邸に到着。お菓子屋さんで入場料払って随時入る形式。ガイドツアーは毎時0分と30分にやってるかんじで、この碑のこの時間帯はだいたい一回につき15名くらいの賑わいでした。ワタシはちょうど30分過ぎに着いたので、30分のやつが丁度始まってるとこだったのでお邪魔しました。そこからも10分強くらいは随時追加で入ってこられる方々がいらっしゃいました。
普通に昔の一軒家ってかんじで、田舎のおばあちゃん家にものすごく似ていた…むしろおばあちゃん家の方がだいぶ大きい…八木邸は全体的にコンパクトだった。天井も軒も鴨居も低いし、廊下の幅も狭いし、昔はもっと広かったのかもだけど庭もとてもこぢんまりとしていた。井戸も縁側のすぐそばにあってね。ガイドさんがお話を聞かせてくれた部屋が、鴨が暗殺されるときに寝ていた部屋で、縁側寄りの位置に鴨、その隣にお梅さんだっけ鴨の贔屓の遊女、衝立があってその隣に部下で一緒に殺されたひととその贔屓の遊女が寝ていたと、ワタシは鴨のオンナさんが寝ていたとこに座ってました笑めちゃめちゃリアルじゃん笑
このガイドさんが語ってくれたところによると、江戸から徳川家茂が上洛するときに護衛のために集った200数十名の浪士たちが、いざ京に入るとそのトップだった奴が尊皇攘夷に寝返って、将軍側は驚いてすぐ浪士たちを江戸に帰すよう命令したんだけど、八木邸を屯所としていた近藤ら試衛館勢と芹沢ら水戸藩勢の13名はこのまま京に残りたいっつって、ほんで誰かの配下につきたいと芹沢と近藤が松平公のところに懇願に行ったそうです、っつってて、そうなのか…ふつうに局長2人として仕事してんじゃん芹沢…とかおもったし、
とにかくガイドさんが芹沢の話いっぱいしてくれるんですよ…、身長も当時の男性の平均身長は158センチくらいで、土方は160弱、近藤が168くらいだったと言われている中で芹沢は180あって体格も相当良く、武家出身で学もあって頭も良く、何つったか剣術流派の免許皆伝で、新撰組の中では一番強かっただろうと、
なので普通に殺そうとしても無理なので酔わせて寝込みを襲った、っていう。
ほんでなんで近藤たちが芹沢を討つことになったかっつったら、鴨が天皇警護の仕事を取ってきた、みたいなことがあったそうで、それは京の町を警護するというお役目としてはアリなんだけどなんせ天皇をお守りするということで幕府側ではなく攘夷派のしぐさではないかと、新撰組の身分保障というかお預かりをしている松平的には将軍に言い訳が立たんということで、それまでにも鴨は酒に酔っては力士を斬り殺したり料亭に火をつけたりと素行が悪かったこともあって目をつけられていたし、芹沢を始末しろと近藤らに命令が下されて、それで暗殺計画を立てたと、そうガイドさんは語ってくれるわけですよ。
君ゆきの脚本、地味ーにこの流れを掠っていってるというか…、その話を聞いてればあの脚本の流れもまぁまぁ納得というか…、てかほんとうにあの脚本、鴨ちゃん強火だし、この作品で芹沢鴨の汚名を返上させてやる…あっしがやらねば誰がやる…くらいの気概まで感じるよね…笑
脚本家の方、twで、みうらさんに芹沢鴨を任せてほんとうによかった、みたいな意味合いのことおっしゃってましたよね…、
何かどういったらいいかわかんないんだけど…、すごく…繋がった、というか…、ツルツルと悟りが繋がっていったような…、
つーかこれさぁこの八木邸見学さぁ脚本の人絶対来てるでしょ。絶対これ見聞きしてるでしょ。そんで帰りに売店で鴨ちゃんの家紋入りコースター買ってるでしょ(twもしたけど、蝶の絵なのよ…すんごい雅なのよ…!)
とにかく、松平の命がくだされたので、芹沢を討つしかなくなった近藤たち、でも鴨は強いのでふつうに相対しても勝てる気がしない、そこで一計をはかります(byガイドさん)、鴨を酔わせて襲おうと、そんで9月13日、その前月8/18(って言ってたよな??)に警備で手柄を立てて報奨金が出たのでお祝いの宴席ということにして、角屋、そうこの後お伺いするお店、角屋さんで宴会をして、鴨は偉いので上座に座って、周りをズラリと部下が囲って代わる代わる飲ませて、鴨はすっかり酔っ払って、角屋さんからこの八木邸まで約2.5キロ、20分ほどの一本道だったそうですがそれを自分で歩けなくて籠に乗って帰ってきたそうです、そしてこの部屋のここに寝ていて…深夜0時を回った頃、縁側をヒタヒタと忍び寄る沖田たち幹部の姿…、バーンと入って一番手前に寝ている鴨に斬りかかるも、そこはさすがの手練、鴨はバッと起き上がって枕元に置いてあった刀をとって応戦、一緒に寝ていた部下たちはその場で殺されるも、鴨は隣の部屋に逃げて、それでも酔っていたし暗かったので部屋の足元にあった文机につまづいて転んだところを沖田が斬りつけたと伝えられている、沖田のものかどうかはわからないけれどもそのときの刀傷がこれです、と隣の部屋の鴨居に今も残されている刀傷を見せてもらった。武家屋敷?この八木邸は今もお菓子屋をやっているので武家だったかどうかはちょっとワタシの理解/記憶が足りずわからないんですけど、誰かが襲ってきても刀を振りかぶれないように天井が低く設計されているそうで、ああーだからおばあちゃん家よりだいぶ軒が低いとおもったんですよねー、わざとそうしてるんですねぇー。だから鴨居も低くて、そこに刀傷が残ったと。
その刀傷以外は今は手入れや補修などを繰り返しているので綺麗だけれども、暗殺時はこの部屋は壁まで血まみれだったそうです。
…ってだいたい何でしょうね近所の人が見てきたのを聞いたくらいの、世間話くらいの親近感で、160年前の話をしてくれる、これが古都京都…!
小雨が止んで薄曇の正午過ぎ、建屋はもちろん冷房もついてないので扇風機が、庭から玄関まで明け放った居室に風が通って、しっとり濡れた小さな庭、小綺麗に飛び石と砂利が敷かれて濃いめの緑の庭木と、小さな井戸、狭い縁側、隣の部屋の先で右に折れて奥に続いていて、
あの9話の、丘ちゃんとの煙管のシーン、山南との井戸端のシーン、太秦のオープンセットよりずいぶん小さなこの八木邸の、実際に芹沢鴨が生きていたこの場所で、いきいきと上書きできて…、
…これ絶対製作陣ここ見学来てるでしょぉー!!!!!
縁側の煙管とか、山南の井戸とか、いかにもすぎるんよぉー!!!!!
もうね八木邸は絶対行ってほしい。9話のリアリティが4DXになる。

ガイドさんのお話が20分ほどで終わって、しばらく自由に見学できて、邸宅内は撮影禁止なんだけど門を出たとこでは撮れるのでお写真もぜひ…と促されつつ、室内を2周ほど。いやほんと、おばあちゃん家なのよ…笑、壁際に仏壇があったり、繋ぎの間の敷居の固さと畳の沈み方、ときおりミシっと小さくきしむ音、100年超の縁側の表面の滑らかさ、ものすごい…、昔の日本家屋でありながら、確実に市民が暮らし続けている息遣いを感じる、だから新撰組の面々もここで生活していたんだなぁという実在感がめちゃくちゃ立体的になった。
そうそう、鴨の話のほかにも、松平のお預かりになって「松平公お預かり新撰組宿」みたいな看板を近藤たちが屯所の門のとこに掲げて、沖田なんかは毎日うれしそうにその看板を見上げていたそうです、とかも話してくれましたね。
あっそれでね、鴨を暗殺した後なんだけど、2日後に壬生寺で葬儀をしたんだって、そのときに近藤が、本当は自分たちが殺ったのに、芹沢は敵対する攘夷派のならず者の襲撃によって殺された、絶対許すまじ、みたいな弔辞をよんだそうで、ええーそれって君ゆきで鴨ちゃんが散々語ってた、策を講じるっていうこと、間者がいるなら泳がせて利用しろ、みたいな文脈の話じゃんかぁー、ってなったし、
それって、じゃあ鴨は、ただしく「組のために」その生命を捧げたのでは…、
だって鴨がしなないと組はさらに発展しようという勢いにはならなかったのでは、鴨が生きてたら松平からクビになる可能性まであったのでは、鴨を粛清"できる"集団であるということを松平に示すことができたのでは、

何か、そういうところまでを全部、全部全部、三浦鴨は積載していた気がする。

史実の芹沢だってさぁ、水戸藩から脱藩してきて、ってなると出身の武家から勘当されてるみたいなところですよね、だからもう戻るところがなかった、この京の町で生きていくしかなかった、このまま消えていくなんざまっぴらだ、ってところから、浪士の集団で出会った近藤たちに可能性を感じて、そんで一緒に組んできたのではないかと、
厭世ももちろんあっただろうし、それでも若人たちの熱量と、伸び代と、近藤の求心力、そこに自分の出自や経験や能力を加えれば、まっすぐな近藤に旗を振らせて自分は裏で手をまわす、そういったことで組が実力をつけて存在感を高められれば、ひとつ歴史に爪痕が残せるんじゃないかと、それも悪くないなと、ああきっとそう思っていたのではないかと…、
そこまで思わされてしまうような、八木邸見学でした。
いやぁすんごいおもしろかったです。
門のとこには誠の旗も飾ってあって、みんな自分や連れの記念撮影をしててガイドさんがハイチーズとかもやってくれてたんですが、ワタシは列の最後尾で待ってコソコソと黒うさやみうらクンのアクスタなどを撮りました…笑
お菓子屋さんでお抹茶と屯所餅をいただいて、売店で件の家紋コースターと、誠のしずくっていう浅黄色と乳白色の二色の琥珀糖を買いました。琥珀糖ずっと憧れてて初めて食べたぁーおいしーい。家紋コースターは5種1セットが2種類あって、どっちにも共通で誠の一枚が入ってて、他4枚ずつがそれぞれ隊士の家紋なんですが、芹沢が入ってる方は他に土方と斎藤一と原田左之助で、もう一種の方は近藤と沖田と山南と永倉だった…すごい絶妙な組み合わせじゃないの…笑。ま普通に鴨の方を買いました。いやほんとこの家紋…雅すぎて目を疑ったわ…。

…つってたら昨日放送された第2章初回、新EDの冒頭、瑠璃色の羽の蝶(モルフォ蝶)が一匹ヒラヒラと…
は?????
八木邸で買った家紋コースター、鴨ちゃん青い蝶なのだが…?????
え?????まさかこの蝶、鴨ちゃん?????
えっ待って、じゃあこれEDは鴨ちゃん目線のif新撰組隊士たちの幸せ日常譚(夢想)…ってこと…だったってわけ……?????
まさか第1章から?????
誰ぞやがTLでおっしゃってた、渋皮の膝枕からの鴨ちゃん目線説、まじでワンチャンあるのでは……?????

ええーーー?????
めちゃめちゃ斬新じゃーん……!!!!!
鴨ちゃんが新撰組を愛していたパターン………
愛ゆえの粛清エンド………

9話Tver全話配信終わる前日にまた観たんですよ、ずいぶん派手な出迎えじゃねぇか、嫌いじゃねぇぜ、の啖呵の後、あんなにニヤついていた鴨が、土方に「我らを裏切る軍備を得るため」と言われて顔を歪めていく、裏切り者のレッテルで始末されていくっていうことを悟る時のあの…心外そうな、傷心したような、
正直あの表情だけはどうしてもわからなかったんだけど、
EDが鴨目線の夢日常シーンだってことになると話が変わってくるんすよ…?!?!
いや夢かどうかもわからんよ、なんだかんだしばらくちゃんとみんなであそこで生活していたわけでね、あんなシーンやこんなシーンもあったかもしらんですよね、いやしかし第2章のEDは夢みがえぐい、スイカ割り??半玉にかぶりつく山南???夜の庭で花火????夢が過ぎるでしょうよ!!!!!腐女子か!!!!!腐婆婆には甘すぎるわ…!!!!!

…話逸れたわ…、
そんなにEDの話もハイカロリーに食いつきたいわけでもないしな…。

八木邸を13時10分ごろに出発。
この後の角屋さんですが、2階の見学は基本的に事前予約制になっていて、ワタシも前日に電凸して予約とったんですよ。14時15分からの回を申し込むと、じゃあ2階終わったらそのまま一階をご案内しますね、14時ごろいらしてくださいね、と言われててハーイっつって、でもiphoneのマップの経路案内では八木邸から角屋まで徒歩20分ほどで、ワタシの足なら18分かからないくらいになってしまう。途中公園のベンチで壬生寺などの写真をTLに放流し(ていたらめちゃくちゃ蚊に刺され)たりなどしつつ、それでも13時40分ごろに角屋さんについてしまった笑…。14時に予約してたんですけど早く着いちゃいました…と言ったら、ちょうど今から一階の見学が始まるから先に一階見てもらってその後2階行きましょかと言ってもらって、一階から見せてもらうことに。
さっきの八木邸とずいぶん違って天井が高い大きな建物で、見学は土間から台所/配膳室みたいなとこに上がる動線だったので煙流しだっけ何かとにかく高い天井に天窓がとられた設計になってて、とりわけ天井が高かった。
配膳室?の片隅に帳場があって、この店はツケ払いで一見さんお断りで、帳場ではお迎えしたお客様の好みやお出しした料理や部屋に活けた花や調度品などを全部控えてあって次に来た時にはそのデータを参考にしてお迎えする、一見さんはデータがないので、最初は誰か馴染みの人と一緒に来てもらうところから、みたいな話を聞いた。後で立ち寄った展示に帳場の資料があって、献立や飲み物をはじめ、お花や掛け軸だとかも書き記されていておもしろかったです。
帳場の斜向かいに刀箪笥があって、玄関の壁には刀掛けがあって、客が刀掛けにかけた刀を刀箪笥にしまっておいておかえりの時にお出しするという。傘クロークみたいなかんじ?知らんけど。
そこでもサラっと「新撰組だけは刀を預けずそのまま持って座敷に上がった」「そこで酔っ払って柱に切りかかったときの傷が残ってる」とか普通にディスられていた笑
160年経ってまだディスられてんの、いかにも京都ってかんじー
玄関の式台っていうんですかね履物を脱いで最初に上がるところ、あそこの幅が八木邸の縁側くらい広くて、これはなぜかというと籠をここに置いて、この店は旅館ではないから酔客をお泊めするわけにはいかないので籠に押し込んで帰ってもらう、みたいな話をしていた。なるほど八木邸で聞いた話だなーとおもっていたら、芹沢鴨もここから籠に乗って屯所に帰って行ったそうです、と言われたので、有名な話なんだな…とおもった。
なおここのガイドさんも、八木邸のガイドさんも、SSKじゃねぇわなんとかいうアルファベット3文字の協会の方らしく名札をぶら下げていて、地域の語り部活動をされている団体があるんだなぁーと歴史的建造物を観光資材としている街のシステマティックな片鱗を感じた。話がちゃんとしているというか、定期的にみんなで語り合ってすり合わせているんだろうなぁーとか、そうやって日々語り合ってるからこそ直接聞いてきたみたいな噂話くらいの親近感を感じられるのかもしらんなともおもった。
この店はツケ払いで、盆と暮れに請求するシステムらしい。で、新撰組の連中が何度もやってきてツケで飲んでくから、その請求がものすごいことになって、組幹部が困って、新撰組がきても飲ませるな、と書状を寄越したのが展示されてました。多分土方が書いた、とガイドさんがおっしゃってたとおもう。ごめん近藤だったかもしらんよく覚えてない(ええー)。
一階は大部屋が多く、赤土の壁の部屋を見せてもらった後、松の間というこの店一番の大広間へ。ここが、鴨が暗殺前日に使ってた部屋だそう。床の間っぽい上座のとこが一段高くなってて、そこに一番偉い人が座るので、芹沢はおそらくそのあたりに座ってたでしょうね、と言われた。それを取り囲むように部下たちが…みたいな話をここでも聞いたかどうか。とにかくそういう宴席だったんでしょう。昼過ぎから飲み始めて、その日は小雨だったそう、19時ごろ?帰ったそう。ほんで酔っ払って寝静まっ(て斬られ)たのが24時ごろということで当時の24時はガチ深夜だったんだろうなー。
松の間の障子を開けると中庭が一望できて、何か有名な龍の姿の松?が鑑賞できる座敷ということで当時有名だったらしい。初代のその松はもう枯れてしまったので当時の庭職人が二本の松を使って同じようなシルエットに仕上げたのが今植わってる松なんだって。
で、この松の間自体は火事だったか何だったか忘れたけど130年くらい前に一回建て直したから重文登録できなくて、ずっと残ってる他の部屋の部分は重文になってるけどここはあと180年後くらいに…笑っつってて京都ボケがハイクオリティ〜
この建物も当然クーラーはなくて、八木邸と違って座って聴くタイプじゃなく立ち歩いて色々なお部屋を見回るので扇風機もなかった。
松の間だけ天井に換気口がついていた。これがあるから重文にはならんかもしらんみたいなことも言ってましたが。
松の間のリッチなかんじが鴨さまによく似合うなぁーとしばしお写真など撮りつつたのしんで、一階の見学はおわり。ちょうど2階見学の時間になったので2階組と合流。
廊下の途中の戸棚みたいなとこを開けたら中に階段がありました。すごーい。
そういえば話前後するけど、八木邸で玄関のすぐ前に二階に上がる階段があったんだけど、新撰組は二階は一切使ってなかったんだって、二階は襲撃されたときに逃げ場がないから、って理由だそうで。実際池田屋でも二階に追い詰められた人がたくさん殺されていた、みたいなこと言ってましたね。
なのでこの角屋さんの階段も、やっぱり襲撃を受けても二階に向かわれづらくするために隠し階段になってたのかもしれんね。そんな話はしてもらえなかったけど。
急な階段を上がって二階へ。二階の方が小さめの部屋が多く、部屋ごとのコンセプトも大胆に違ったり、釘隠だったり襖の引手の装飾なんかも部屋ごとにちがってとってもオシャレでした。
最後に入った、部屋一面に螺鈿の装飾が施された超絶にオシャな部屋がすごかったです。土壁に螺鈿細工をする技術がもう残ってないので壁は改修もできないそうです。部屋の柱の一角に新撰組がつけたという刀傷が2個平行に、かなり薪割りですかってくらいがっつりいってて、どんだけ…。その傷見た後、「この部屋は土方がお気に入りでよく使ってたそうです」とか言われると、じゃあそんな土方さんが気に入ってた部屋にこんな傷をつけたやつは一体誰…と宇宙猫になった。土方自身とかじゃなきゃうっかり若手隊士とかだったら切腹まであるで…とかおもった…笑
2階終わって、本来のルートだとそのまま一階を見るんだけど、1階を半分だけ見た人が数人と、全部見た人(=ワタシ)と、全く見てない人がいて、係員の配置の都合なのかアナタは一階を半分見た人と一緒にもう一回回ってから帰ってねって言われてもう半周できるドン。また玄関とか見ました。帰りには台所の土間の端にあった天然の冷蔵庫みたいな部分を見せてもらって、冷たい地下水が溜まってるとこまで掘ってあるから冷気が上がってくるんですよーと言われて本当にすんごいひんやりした空気が流れてきていた。京都すげぇー。
玄関を外から見てみたら、こぢんまりとした籠とか(この角屋さんの所有する籠が数台あったらしい)、アッこれが芹沢鴨が乗ったかもしれない籠…っつったら「芹沢鴨が乗った…かも」って係員さん返してくれて、京都ボケしぐさ頂きました〜!
籠はすごく小さくて、大柄な鴨が乗ったら狭かっただろうなぁーとおもいました。
あと門?のとこにも新撰組の刀傷が。この区画は撮影可で、今回3箇所で柱の刀傷を見られたなかで唯一写真が撮れました。とにかく角屋さんも刀を持って入ってきたのが新撰組だけだったってことなので残ってる刀傷が全部新撰組って特定されててディスがすごい笑。
全般的に、若手隊士たちは半グレのやんちゃものたちで、鴨は文武両道で頭も良くちょっとだいぶ酒を呑むと素行がやばいところはあるけれども実力者だった、みたいな捉え方をされているかんじだった。

ほんとこの一帯を見学したことで、君ゆきでの芹沢鴨の描かれ方の理解度が爆上がりしたし、漠然と受け取っていた印象や解釈がビッタビタにハマっていくのを感じまくったし、もうはちゃめちゃにワタシも芹沢派になりました…笑


角屋の後は京都駅に行って聖地のひとつのごはん屋でだし茶漬けおひつごはんセットみたいなやつを食べて、京都にお住まいのおともだちを呼びつけて河原町の聖地のバーで飲んで帰りました。めちゃくちゃたのしかったです。グランギニョルの劇場鑑賞でご一緒したので一ヶ月ぶりなんですが、鴨ちゃんの話とか八木邸や角屋(その方が先にいらしてたので行きたくなって真似っこしたんですよね)の話とか、夏のパーティの話とか、中国の話とか…(ちょうどファンミ当日で、飲んでた時点ではまだ誰が日本から遠征してたかがわかんなかったんだけど、twから推測してこの方行ってそうなんですよねぇーとか言ってて探偵ですか笑とか言ってたら数時間後に本当に行ってたことがわかってオオオオオとなったり)
バーは前回はワタシら2人しか客いなかったけど、この日は日曜だったしほぼ満席になって盛況でした。


また京都で遊びたいなぁー!
壬生寺-八木邸-角屋ルート、絶対行くといい。角屋はクソ暑い時期とクソ寒い時期は閉館されるのでスケジューリングにはご注意。





完全にショートエントリーってボリュームじゃなくなったが…?