ここのところ、毎週カイロプラティックに行ってます。
勿論、肩が痛いのを治すためです。
おかげさまで非常に良くなり、夜も眠れるようになりました。![]()
そこで、話をしていたのですが、その先生の患者さんで
例の地下鉄サリン事件を運よく回避された方がいらっしゃったそうです。
その方は旦那さんに
「今日は必ず車で通勤してよ!」
と言って、旦那さんはそれに従ったそうです。
その話を聞いて、自分の場合も思い出しました。
実は、報道されていた例の日比谷線の8時10分頃に茅場町に着く列車の一番後ろの車両は
自分も毎日乗っていた電車でした。![]()
私の場合は、特に予感があったわけではないですが、
偶然にもその二ヶ月から経路を変えていました。
勤務先が東陽町という駅で、埼玉方面から通う私は上野で地下鉄に乗り換えて通勤していたのです。
上野駅から東陽町に向かうには
上野駅(日比谷線)→茅場町乗換え(東西線)→東陽町
と
上野駅(銀座線)→日本橋乗換え(東西線)→東陽町
と、二通りの行き方があります。
実は、日比谷線経由のほうが少し定期代が安いのです。
しかも、入社当時は、銀座線の冷房率が100%で無かった為、
約5年間、日比谷線経由で通勤していました。
ところが、確かその年の年明け早々に
「銀座線のほうが空いているよ」
と、教えていただいて、次の定期の切り替えの時に変えようと思い、
確か1月の定期の切り替えの時に銀座線経由に変えていました。
何故、1月に定期の切り替えかというと、入社3ヶ月は大阪で研修だったため、
東京に戻ってからの定期は7月と1月切り替えだったのです。
正直、運が良かったです。
あの日は、丁度日本橋で東西線に乗り換えたら
次の茅場町駅で止まり、
「現在、日比谷線が事故の影響で停車しております。」
「この電車も当駅(茅場町」にて少し停車します。」
と、言っていたのを覚えています。
時計を見たら、確か8時11分だったと思います。
真上で事件が起こっていたのです。
会社についてしばらくして、確か10時頃だったと思いますが、
母親から電話がかかってきて、電話にでると第一声が
「あー良かった。大丈夫だったんだ!」
「何、言ってんの??」
「あなた、テレビ見て御覧なさい。大変な事になっているわよ!」
あわてて、上司に断り、休憩室のテレビを見に行くとあの事件でした。
私の親だけでなく、私以外の親からも何人か安否確認の電話が入りました。
茅場町を通過し、通勤する同じ課の人はほぼ全て親や家族から安否確認がありましたが、
「俺だけかかってこない・・・・」
と、ボソッと 1年後輩の澤口君が言っていたのを、良く覚えています。

