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ヒーリング練習会のセッション中のこと。

私は、怖いと感じた場面でそのまま感情があふれて、
「怖いです」って言いながら泣いていた。
手が震えて、声もちゃんと出なかった。

それが、私の精一杯だった。


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でも、あとから主催者にこう言われた。

> 「あなたが“怖い”と言ったことで、彼は感情が出せなくなっちゃう」
「それが“思いやりがない”と感じられても仕方ないかもしれないね」



雷が落ちたようだった。


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その場で謝ったけど、心の中はずっとざわざわしてた。
夜になっても、頭の中がグルグルして止まらなかった。

> 「私は、また迷惑をかけたのかもしれない」
「私のどこがいけなかった?…」



そんな思いで、涙がまた出てきた。


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でも、Possibleのワークを思い出して、
丹田に手を当てて、呼吸してみた。
頭じゃなくて、身体で感じるようにしてみた。


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“思いやりがない”って言葉が刺さったのは、
「私のしたことが、人の自由を奪ったかもしれない」という現実を、

初めて突きつけられた。

そのときの私は、「ただ怖い」って感情でいっぱいいっぱいだった。
自分を守ることしかできなかった。

でも、その行動が誰かにどう響いたのか、

そこまで考える余裕はなかった。
そこに、もしかしたら“思いやりがなかった”と

言われても仕方のない部分があったのかもしれない。

 


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思いやりって、
“誰かのために正しくふるまうこと”じゃなくて、
“まず自分の気持ちを丁寧に扱うこと”から始まるのかもしれない。

この経験をきっかけに、
私は今、「思いやりってなんだろう?」って問い始めてる。


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今はまだ、答えは見つかってない。
でも、少しずつ、拾いながら進めばいい。
自分を責める代わりに、信じることを選んで。


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