今、日本はかつてないほど、格差が広がり、競争社会になっています。
出来る人は、
高い役職、
高い給料、
ブランド力、
手厚い福利厚生、
を求めてキャリアを積み俗にいう勝ち組になっています。
その一方、出来ない人が這い上がりずらさを感じる社会になっています。
本当にこれでいいのでしょうか?
競争に終わりはありません。
上を見ればきりがありません。
人間の欲に限りはありません。
競争の果てに何があるのか、アメリカの例をみてみましょう。
アメリカでは、
富裕層が、減税を求めて、
独立した街が多数作られています。
公務員は、
街におらず、
全てのサービスを民間に委託し、
減税へ向けて動きだしています。
減税が進めば、強者の理想郷の完成...ではないですよね!
富裕層が抜けた市は、財政難に苦しみ、公共サービスを削減しています。
弱者が生きられなくなり、減少していくと、何が起こるのか?
答えは明白です。
今まで、弱者が行っていた仕事を誰かがする必要に迫られるのです。
誰がやるのか?
富裕層の間にも競争があります。
富裕層の中での競争に敗れた人がやるわけです。
富裕層の競争に敗れた人がいなくなると、
最後に残るのは、富裕層の中でも最上位の富裕層だけが残る事になります。
その時に彼らは、気付くはずです!
社会は、強者と弱者と中間者の共存で成り立っていたと!
それぞれの境遇にいる人が、
望もうと望まざると、生きていく為、
家族を養う為、快楽を守る為に行ってきた、
社会を回す為に必要な無数の仕事の数々、
「誰かが仕事をしてくれるから」豊かを享受出来る事実を!
今、日本は、
移民政策、労働規制緩和、
国家戦略特区、産業競争力会議などなど...、
移民政策、労働規制緩和、
国家戦略特区、産業競争力会議などなど...、
激烈な競争社会に生まれ変わろうとしています。
私は重大な岐路に差し掛かっていると感じています。
本当にこの流れでいいのでしょうか?
競争から共存・共栄社会へ、
コペルニクス的転換が今こそ、求められているのです!