温泉で有名な大分県の別府市に茶館を開いて、はや5年が経ちました。実は…開店して1年目の時、地元の観光協会に入っていました。(コロナ禍前の話になります。)


入会した理由は、夕方になると茶館の周りに、たくさん現れる道に迷った観光客の方々を、ほぼ毎日、見たからです。

JR別府駅構内の観光案内所が閉まる午後5時以降、ホテルがどこにあるかわからない観光客、JR別府駅の方角がわからず彷徨い歩く観光客、ブチ切れて旦那さんに当たり散らす奥さん、ブチ切れて旦那さんを睨む奥さん、ブチ切れて旦那さんに怒りをぶつける奥さん…道に迷っているので方角を見定めようとしてついつい車道に入っていしまい、地元のタクシーから容赦ないクラクションを鳴らされて運転手からのメンチビームを当てられてしまう観光客の皆さん。

そんな観光客の方々は、唯一の店、我が茶館へと助けを求めてやってきます。(但し、観光客の皆さんは、一切、お茶を飲んだり買ったりはしてくれません。一刻も早く、ホテルか駅に行きたいためだと思います。)しかも、ほぼ全員が、スマートフォンのマップを使うのが苦手でした。


私は考えました。「我が茶館が、観光案内所みたいになれば解決するのではないか?」というわけで、別府市役所へ行き年会費2万(だったと思う)を支払い入会して、事情を説明し、とりあえず20枚くらいの観光地図を入手しました。併せて、私は闘茶大会出場のため中国に行くことになっていたので、別府市観光のアピールを約束して配布用パンフレットも受け取りました。(パンフレットは、中国茶の重鎮の先生方に配りました。)


話がそれましたが、その後、別府市の観光地図20枚は「あっ」というまに無くなりました。それだけ、道に迷う観光客の方々が多いのです。

私は、無くなった地図を補充するべく、茶館の店番の合間を抜けて、JR別府駅の構内にある観光協会の案内所へ行きました。そして、案内係男性1名の方に事情を説明し、地図を融通するようお願いしたのですが…何と舌打ちされたあげく無視されてしまいました。合間の時間に来たため時間が限られているため、この日は仕方なく引き上げました。

後日、改めて観光案内所へ行くと別の案内係女性2名だったので再び事情を説明し、地図を融通するようお願いしたのです。

2人のうち1人は、しきりに頷き、地図を融通してくれそうな雰囲気だったのですが、上司であろうもう1人の方から「知りません。」と言い放たれてしまいました。私は困惑しました。しきりに頷いていた2人のうちの1人も困惑していました。


その後、観光協会から脱会したのは言うまでもありません。極めて残念な思い出のひとです。

この後、世間はコロナ禍となりました。そして、中国茶を扱う私の茶館への嫌がらせが起きて、何度も警察沙汰が起きることになるのですが、今思えば、この観光案内所の舌打ちなどは、嫌がらせの予兆だったのかもしれません。