20100913

我ながら卑屈だなと思う。

会話をしようと思っても、低俗な自分のことを語る気にはならない。

というか語るほどの中身を持っていない。

かといって人のプライべートな部分にまで突っ込もうとも思わない。

迂闊に質問して相手に不快な思いをさせるくらいなら、最初から何も聞かない。

こんな異様に捻くれたスタンスに立って、何が楽しんだろう私は。

だから最近、人との会話に楽しみを見いだせない。

漫画を読んだりインターネットを見たりするほうが楽しいと感じる。

楽しいと言うより楽といった方が適切なのだろうか。



自分が高校生だった頃の運動会のビデオを見た。

改めて○○○と感じた。

隣に女性が立っていようものなら、その○○○が際立つ。

ゆえに目立つ。

おそらく町中を練り歩いているだけでもそこそこ目立つだろう。

度々、自分の○○○を思い知らされる事もあったが、

最近はそこまで意識したことはなかった。

しかし何をしても目につきそうな○○○だ。

気持ち悪い行動等は控えた方が良いのだろうか。




私が私であるかぎり、解釈上世界は二通りに分けられる。

「主観的な世界」と「客観的な世界」だ。

「主観的な世界」の中心にいるのは自分だ。

自分を中心に世界が回る。

主役は自分。期間はゆりかごから墓場まで。

「客観的な世界」から見れば米粒ほどもないような私が主役なのだ。

ただし、「主観的な世界」は他者のそれと接触することを避けられない。

その世界と解かり合い、相容れ合うか。

あるいは水と油のように反発し合うか。

私の世界はどのようなものなのか。

おそらく、ぐにゃぐにゃゼリーみたいに変形する世界だ。

他者の世界が近づいてきたら、自分の世界を狭め、

お互いの世界が交わらないように、逃げて逃げて逃げ惑う。

この上ない安全策ではあろうがーーー

20100911

○○高校の○○祭に行く。

かつて同じクラス、現在も同じ大学に通うだったSに会う。

Sは教員志望のはずなのに、教育実習に姿を見せていなかった。

「免許を取れる大学に編入するから」だそうだ。

志の高いことだ。決心するのにどれほどの苦悩があったかはわからないが。

教育実習期間をともに過ごした同期の姿も見られた。

採用試験の結果待ちという人もいた。

あれからずっと勉強に励んできたのだろう。


生徒はなかなか私に気付いてくれなかった。

まぁ冷静に考え直すと、それが至極当然なのだが。

逆に私が生徒ならば、教育実習生と目が合っても会釈する程度だろう。

綺麗な思い出は思い出のままにしておくのも一理あるなと思った。

ーーー私の中のある一念が芽生えた。


バイト中、ある家族が○○○を訪れた。

両親と小学校低学年くらいの子ども2人の計四人。

とても幸せそうだった。

母親は「とてもおいしいです」と声を掛けてくれ、

子どもは事あるごとに「ありがとうございました」を言う。

父親はそれを暖かく見守る。時々注意する。

なんて良き家族なんだ。

結婚したくなった。子どもが欲しくなった。

でもあんな純粋な子ども達も、いつかは世の中を知り、

競争を知り、嘘を知り、大人になっていくのだろう。


バイト帰り、車道に子ネコの遺体を見つける。

頭を轢かれており、即死だった。

近くのコンビニで軍手を買い、遺体を拾った。

まだ体は温かかった。

近くの沿道に土葬した。

土葬途中、色々なことを考えた。

「なぜお前はこの道を渡ろうとしたんだ」

「なぜお前はこの世に生まれたんだ」

「なぜお前は死んだんだ」

「なぜ生物は生まれ、死んでいくんだ」

「なぜ私は生物教師志望なのに、生物が生きる理由もわからないのだ」

いい時間だった。

最後に少し手を合わせた。

お前のことは、私がこうして文章化して存在したことを証明しといてやるから。

できるだけ覚えておいてやるから。

余計なお世話か。