2001年、ニューヨークの貿易センタービルに2機の飛行機が突っ込んだ。
甚大な被害を出したテロ事件後、中東のテロ組織とアメリカの対立は明確になり、戦争のニュースが日夜報道され、陰鬱な雰囲気は、同盟国の日本にも流れ込んだ。
それが2000年代初めのころの世間の雰囲気だった。
イラク日本人青年殺害事件は、2004年、中東を旅していた日本人の若者がテロ組織アルカイダに拉致され、人質になった末に殺害された事件だ。
縛った人質を取り囲んでいる武装集団の映像が、インターネットで世界中に公開された。
若者は本名も明らかで、ニュースで繰り返し取り上げられた。
武装集団の要求は、期限までのイラクからの自衛隊撤退だ。
日本政府はテロに屈しないとして自衛隊撤退を拒否。
人質解放のため外交をしているうちに、期限は過ぎた。
武装集団は、日本人の若者を殺害した。
生きたまま首を切断する映像が、インターネットに流された。
世界中にその映像は公開されることになった。
そのとき、中学生の私は音楽室にいた。歌だか笛だかの試験中だった。
音楽準備室に生徒が一人ずつ呼ばれ、あとのクラスメイトたちは音楽室に待機している。
クラスメイトたちはざわめいていた。
校則違反のはずの携帯電話を誰かが持っていて、その周りに紺色の制服の人だかりができていた。
本当に切ってる
ああ、って言ってる
やばい
うわ・・・
人だかりの中の誰かが言った言葉だ。
携帯電話を取り囲んでいる同級生に、私は戸惑い、驚いていた。
インターネット公開されている「日本人青年が殺されているところ」を、彼らは集まって観ていた。
切り裂きジャックの話や猟奇的な事件の逸話は、好きだ。
スプラッタ映画は進んで観たいタイプではない。だけど、まったく駄目でもない。
ただし、残虐な方法で、本当に、人が殺されているところ。
それは観たくない。
大昔の事件は現代に伝わる「話」で、映画は当然、フィクションである。
今、そこに存在していた人が殺されるところは、本物である。
怖いじゃないか。
そんなことを思いながら、同級生の人だかりを、私は眺めていた。
と、いう昔の怖い出来事を、ふと思い出した。
優等生でも、特別いい子ちゃんではなかったので、「やめなさいよ」とも言わなかった。
何故やめろというのか、と聞かれたら、答えられない気がする。
ただ、「その人、本当に殺されているところなのに」という思いだけが残っている。
あの頃、人質となった青年はさんざんメディアに取り上げられ、心無い批判を受け、ご家族はずいぶん苦労し、傷つかれたと思う。
このような「思い出し」を、インターネットで公開することもよくないかもしれないが、私の怖い思い出しの吐き出しどころもないので、ここに書いておく。
あのときの紺色の制服に、今、「あのとき、何であの映像観たの?」と尋ねても、「え、そんなことしたっけ」と答える気がして、やっぱり怖い。