お久しぶりの更新になります、、

自分の人生を大きく変えた男性2人との出会いを

まず1人は、ビジネスを辞めるきっかけとなった方。

この方は、全国的に有名な整形外科クリニックの赤字立て直しに貢献した方で

会いたいと思っても中々 会えない方らしい

全国から この方に会いたいと福岡にまでやってくる方が多く

それほどの人間力とコンサル力を持ち合わせた方

私はたまたま知り合えて、それも人づてに紹介され たまたまお宅に(マンション)

遊びにいけ、当時の私は今以上いクレイジーで行動力もあったから思いの外

興味をもたれたのがラッキーでした。

その方に 当時の私の現状(膨らむ借金と出口の見えない感じ)と 未来とを話して

結論は 一旦地元に帰る という選択肢と MLMから離れるという二択 になり…


こここで2人目の男性が現れる、そいつをKとして話していきますね。

そのKとはイベントで知り合い、段々惹かれていった

どんなところに惹かれていったかというと、謎が多い所と自分のことを

あけすけに話すところ この時点で 私のクレイジーさも分かる方は分かると思うけど

当時の私は いろんなことが麻痺状態で より刺激の強い方、強い方へ自分で向かってた


2年と決めた九州行き。

ここから怒涛の日々に向かっていきます、、

物事が大きく動き出したのは、2014年秋でした。


ビジネスでは、アップがタイトルを目指し

それをサポートする形で毎日動く

ギリギリでタイトルはとれたけど

次につながらない結果

そりゃそーだ、半分以上私の力だったからね。

自負するつもりはないけど、

私が抜けたら大変だろーなーとこの時から感じて


居候させてもらってく中で不満も積もってたし、

ストレスマックス状態。

寝不足なんて当たり前お腹も満たされてなかった

からあの頃が1番痩せてた。


大きい会場でアップのお祝い

その司会者が私。だけど気乗りしない

もう最低最悪の気分でした。

それは、ビジネスに限界を感じてたいたのと並ん

でプライベートからの視点で

嫌でも拘束されて束縛される環境にうんざりしてた。

元々、自分の行動を把握されるの嫌いなのに逐一

報告当たり前だし、ビジネスから逸れないよう監

視されてたから余計うんざり。



転機は、イベント事で出会った2人の男性

1人はビジネスを辞めるきっかけになった人物で

もう1人は後に結婚まで考えた人。

この出会いから、また私の人生は

風向きを大きく変えていった。、



気持ちと頭の整理を

そして苦い思い出として受け止めて時と共に忘れよう...


ネットワークをやりながらOLをし、毎日毎日スケジュール帳とにらめっこ

毎日なにかしらのアポイントとミーティングがあり

九州にいても九州ならではの所へは完全にプライベートでは行けなかった

今思えば、早く一人暮らしすれば良かったし

もっと自分の信念みたいなものがあれば早く現状打破できたのだと思う

私は私がなかった

周りは私を高く評価していたけれど

その評価に踊らされていたし だから強かったのだと思う

自分はなかった

ただ変にプライドは高くて 意地だけで毎日過ごしてた

誰からも なにからも否定されたくなくて

肯定されることだけをひたすら望んでた

でも限界だった お肌は荒れる一方

唯一、癒しというかこの人と一緒にいたら今の状況を

忘れられるという人と出逢ったんだけれど

転勤できていた彼とは3ヶ月のお付き合いで終了でした

私にしては珍しく ギャン泣きをし しまいにはSiriに助けを求め

ここは愛を語るところではありません と

かるくあしらわれあっけなく終了した恋でした

でも忘れることができなかった私は 東京に通い復縁したんだけどね

それも手に入れてしまえば冷めるような程度の

彼の愛が感じられないとこじつけて別れた気がする

こうして彼を思い出していると甘い記憶が蘇るけれど

元々 嘘だらけだった私とは3ヶ月程度が一番ちょうどよく

過ごせる期間だったのかもしれない と今になり思う

それからも私の見せかけの忙しさは変わらず

毎日頑張っていた うん あの時の私は間違いなく頑張ってた

辛かったし居場所なんてなかったけど

それでも自分の輝かしい未来に向かって走ってた

今でも なにが私を突き動かしていたのかは分からない

ふぅ

つかれたので今日はもうおしまい


温泉地ってさ暇なババアの掃き溜め所だよね

普段の生活から離れられるから心も解放されるのだろうねきっと

だからなのかお喋りになるのねきっと

凄いのと出くわしてしまった

昨日は3.11だったからもちろん政治絡みの人も多かったわけで

政治かぶれババアに露天風呂で1時間ほど

一方的に あれはなんだったのか たぶん世の中に対する怒り

それをね ず~っと永遠話されてた

ババアがのぼせるの待ってたけどそれより怒りが上回っていたんだねきっと

1時間のお話の中で向けられた質問は 産まれはどこ? だけ

聞いた所で興味ないやろって感じよね

一緒に行ったお友達曰く

彼女は(BBA)嘘の中で生きているんだよって言っていた

笑っちゃったけど その感覚激しくわかるわとひとりごちました

嘘の中で生きるって 私もすれすれの世界で生きていた期間があったから

わかるけど、居心地いいんだよね 自分の主張だけでいいから

たまに冷静になるときを除けば 大体自分の思う通り

だって全部 嘘だから、けど自分にとっては本当のことだから

なにを言われても痛くもないし、流せる

ある意味 幸せなんですよ


そんなこんなで話した内容はこれっぽっちも印象に残ってはいないけれど

温泉は良いところ

愛人か友達といくのがマストだね
気が向いてきたので...

九州に行った時は私は職なしでした

ネットワークビジネスはしていましたが稼げてなかっので

労働収入は必須でした。そもそもネットワークで食べていけるって

本当に凄いことですよね、実現されている方がいるのもこの目で

何人も見ているのでわかりますが、私はできなかった。

今もすぐにでもできるのどろうけれど、その気力がありません

なので普通に働いてます。あはは


最初は有名ホテルのラウンジでサービス係として働きました

そこにめっちゃ怖いお局がいて、、気性が荒いのなんのって

邪魔 はもちろん、汚い言葉を吐かれまくりましたが半年くらいは勤めてたかな

始発に乗って向かって、すごく寂しかった

九州に行ってから毎日 寂しかった

だからその気持ちを紛らわすように毎日何か予定を入れ、友達もいないので

SNS使ってイベント探して お金ないからカフェはもっぱら安い所で済ませて

家に帰っても 家といっても居候していたので居心地悪くて

本当に1人だったなぁ



ホテルはやめて次はエステの学校に 職業訓練に行ったの

先生も綺麗だったしメンバーもプライド高い人が多かった

わたし はただの腰掛で通った学校だったから毎日サボりたくて仕方なかった

そこも最後までいなくて、やめて、途中から普通にOLしてました

派遣の人って思うけど正社員ほど重みないからさ

仕事をサクサクこなせるし責任ないから割りきってできるのも

あって、正社員より仕事こなしてたよ きっと

ま~いろんな偏見あるにせよ 私は仕事できてる方でした


この期間にも多くの人と出会っては別れの繰り返し

OLも最後には嘘ついてやめて、ほんとクソです

それからは派遣とかでやり過ごしてたな

仕事面はそんな感じで 不安定ながらやりすごしてた

も~この頃には一般的なというかまともな判断力はないよね

だってさ、生活しているようでしてないながら生きていけたら

これでもなんとかなるんだって思っちゃうもんじゃない

その時は24.5歳だし若いからこれでもいいって思てたし

今思っても怖くてできないよ あんな生活は

身体はなんとか気力で持ってたけど

心や判断能力は崩壊してた

だからなにもかも正しかったよ、いろんな人に会ってたし

い~んじゃない、自分がよければって感じ

ただ 誰も責任を取ってくれないのだけはなんとなく分かってた