地方政治の民主主義について考える。
「道州制導入」という言葉はやっぱり国から地方への「業務移管」というニュアンスが強く、「機関委任事務」の生まれ変わりという印象が強い。
だから、地方政治の民主主義について、地方の立場から考える。
東京都の人口は1256万人である。1000万強の人口規模といったら、
ヨーロッパの感覚から言ったら平気で国が作れる。
1256万の民の民意をどう反映したらよいのか。
国の選挙制度に似た選挙制度を地方の規模に適用してよいのだろうか。
1000万といったらベルギーがそれくらいの人口である。
多極共存型の、コーポラティズム民主主義である。
1000万規模の政治機構だったら、ベルギー型統治機構が魅力的かもしれない。
単に、1000万人の民の民意を反映させるシステムを構築するなら、魅力的だ。
「単に」ね。
だが、大都市東京にはもう一つの壁がある。
押し寄せる昼間人口である。これが大都市の政治機構を考える上でのネックになる。
1200万人が住む東京には、300万人の人々が働くために学ぶために遊ぶために押し寄せている。
行政単位を超えた人口が集まる点が、東京の民主主義の在り方を考える上で、課題となる。
1200万人から徴税し、1200万人が選出した代表者が論じ、ここまではよいのだが、その資金とその議論の結果は、1200万人に還元されているのだろうか。
きっと、1500万人に還元されているのだろう。
行政需要と行政供給のミスマッチ。これが東京のかねてからの課題だ。
埼玉都民、神奈川都民に対する選挙権付与論議も、これに近い。
私は、この議論に乗り気ではないが、もしやるのであれば、選挙権が欲しいのであれば納税するシステムがよい。
東京都内に職場があるか、学校があるかしている近隣県民は、東京都議会選挙で投票したいのであれば、納税をするシステムなどは、構想としては面白い、とおもってあえて言ってみる。
本当の地方分権、のみならず、地方自治を進めるのであれば、議会選挙制度も、自治体が条例で決められるようになればいいですね。
まずは、「地方公共団体」という肩書から脱却することですね。この言葉は、なんといっても内務省が「設置」したイメージが強い。
「地方自治体」という響きもまだまだだ。国から一部自治を「許可」されたイメージが残る。
一刻も早く「地方政府」を目指すべきだ。そのためには、自主財源が7割近くある東京が、その見本になるべきだ。
東京は、地方分権の旗手になれるのか。。
柿の木坂二丁目
幼い頃に抱いたあの夢は今
僕の胸で砕けて舞い戻ったこの場所
大きい海を知らない君を連れていつか
瞳いっぱい広がる青を見せる約束
野沢竜雲寺から臨むあの街の景色は
いつも一瞬だけ眺めてたあのオレンジを
この街のどこかで僕を待っている
誰かは居ないと思った
今、気付いたよ。目の前に昔から住んでる
大切な人の事を
夕焼けの柿の木坂二丁目 (1サビ)
あの角を曲がると大通りに出る
君に想いを馳せつつ揺られながらまどろむ
あの日交わした約束、昼二時に待ち合わせ
何して遊ぶか決めてない
ただ、会いたかっただけ
夜な夜な泣く泣く歩いたあの陸橋の上から
二人で見た飛び込んでくるようなオレンジを
あの街のどこかで僕を待っている
誰かは思い出のまま
さっき、気付いたよ。目の前に広がる世界
大切な人はずっと
夕暮れの柿の木坂二丁目
いつまでも
そのままの君でいて
