10月31日 土曜日 午前9時50分
白川県 柿ノ木市中央区宮部 JR柿ノ木駅ビル西口前
自宅マンションがある北区薄輪4丁目から県道27号柿ノ木五宮線を南下していくと、地上15階・地下3階で構成されているJR柿ノ木駅ビルが見えてきた。
近代的なシャープなフォルムのしたスポーツツアラーに跨っている鎌ヶ谷拓真は、駅ビル西口前にバイクを停車させ、被っていたヘルメットを脱いで、腕時計へと目をやる。
「午前9時50分。あと10分か … 」
そう呟き、拓真は駅ビル西口前をグルリと見渡してみる。
朝の通勤時間はとっくに過ぎているせいか、駅前には人がチラホラいる程度であった。
今日は拓真がいつも利用しているネットオンラインゲーム:『エイリアンハンティングオンライン(AHO)』のフレンド仲間であるチルルとリアルで会う約束をした日である。
指定された時間は午前10時にJR柿ノ木駅西口前とのこと。ちなみに今のところ、誰かを待っている様子の人は見受けられない。
「チルルには事前に、青いバイクを停めておくからその前で待ってる って連絡したんだけど … 上手く伝わっているかな?」
『大丈夫ですよ、拓真さん。あと10分、気長に待ちましょう!』
バイクの上に浮遊している守護神:ミーサの姿をまじまじと見つめながら、拓真は少しだけ不満な表情を浮かべた。
「ミーサ、分かってるだろうな?」
『何がですか?』
「チルルと居る時は、絶対に俺に話しかけてこないっていう約束を。周りの連中はお前の姿が見えないんだから、俺とお前が会話していても、周りの奴らは俺が独り言を呟いているにしか見えないんだからな」
『も、もちろんですよ … 拓真さんに話しかけないように努力します』
「本当か? 高校時代みたいに俺に構ってもらえないからって、いろいろとイタズラしてくるんじゃないだろうな?」
実は言うとミーサは寂しがり屋だ。それは拓真もよく理解している。
拓真が高校時代だった頃、ミーサは授業中よく拓真に抱きついたり話しかけたり、テストでは問題に悩む拓真にこっそりと答えを囁いたりしていた。その他、鉛筆や消しゴムを奪い取ったりもした。そう、ミーサは何とかして拓真の気を自分へと向けてもらいたかったので、そういうイタズラを行っていたのだ。
別に拓真を困らせてやろうと思ったり、拓真のことが嫌いだからそういうことを行ったわけではないということを、拓真自身も理解しているのだが。
『本当ですって! あたし、拓真さんに嫌われるのだけは嫌ですから! 拓真さんの迷惑にならないよう、頑張ります!』
「それならいいんだけどさ」
『信じてくれるんですか? ありがとうございます!』
朝顔模様のピンクの浴衣をなびかせながらミーサはグルグルと拓真の頭上を飛び回り、喜びのアピールをする。
そんな彼女の姿を見て、拓真は苦笑した。
『あっ、拓真さん! ここ寝癖付いてますよ?』
「ん、このくらい別にいいだろ」
『ダメです! 身だしなみは綺麗にしておかなければいけませんよ! ほらほら、上着も少し乱れています!』
「つーかお前、お節介なお母さんかよ。別にデートしにきたわけじゃないんだからさ … 細かいことはいいじゃん」
『お母さんより、世話好きの妹って呼ばれる方が嬉しいんですけど … 』
「どっちでもいいわw」
その時、3人組の中年女性がこちらを見てヒソヒソ話をしながら通り過ぎて行ったことに気が付き、拓真は顔を真っ赤にして「やっちまった … 」と呟いて、うな垂れた。
周りの人から見れば、先程の拓真はバイクの近くで独り言を呟いている頭のおかしい人にしか見えていなかったであろう。
「うわ … やべぇ、今日はもうずっと黙っておくわ」
『拓真さん … さっきのは、別にあたしが悪いわけじゃないですよね?』
やがて時刻は午前10時を迎え、待ち合わせの約束時間となった。
そろそろチルルが現れるだろうと思っていると、突如声を掛けられた。
「あの … すみません」
拓真が声をした方向に視線を向けてみると、そこには車椅子に座っている1人の少女の姿があった。
車椅子に座っている少女は、それはもう何とも言えぬ程の美少女であった。
髪は煌めく銀色をしており、髪型はカントリースタイルと呼ばれる結び目が耳より下にある2つ結び(ツインテール)にしている。顔は少しだけあどけなさが残っている幼い顔立ちに、右目はブラウン・左目はブルーという通称:オッドアイと呼ばれる左右異なる目の色をしている。白いワンピースの上から淡い桃色のカーディガンを羽織っており、ワンピースの裾からは黒タイツに包まれた細い脚が露わになっている。
その姿は、まるでお人形さんのように可愛らしかった。
拓真が「えっ?」と固まっていると、少女は首を傾げながらも質問を投げかけてくる。
「あなたが … タクさんですか?」
「えっ … なぜ俺のネット上の名前を … 」
拓真がネット上で名乗っている名前「タク」は、ネット上でフレンド仲間「チルル」と会う約束をしたのは遂2日前。
そして実際に会う約束日は10月31日土曜日で、待ち合わせ時間は午前10時00分、場所はJR柿ノ木駅西口前にて、愛車の青いバイクの前で待っていると伝えた。それが今日である。
現在、駅ビル西口前にて青いバイクの前にいる人物は鎌ヶ谷拓真しかいない。当然、駅ビル西口にチルルがやってきたら、彼に話しかける事だろう。
つまり、こうして自分に話しかけてきて、ネット上の名前「タク」の名を知っているということが意味しているのは …
「ま、まさか … き、君が、チルル … なのか?」
「はい、わたしがチルルです」
予想もしていなかった出来事に、拓真は驚かずにはいられなかった。なぜならばチルルが女だったからだ。
(いやいやいや … 待て!! 確かチルルのアバターは男だったよな!?)
しかし今思い起こしても、チルルが男のアバターを使用しているとはいえ、リアルが男であるという証拠は見受けられなかったハズだった。
アバターの外見は中性的な顔立ちの青年であったが、自分が男であるとは一言も口にしていなかったし、話し口調もずっと敬語だった。ただ、拓真はアバターの外見だけで、チルルが男であると勝手に決めつけていただけにすぎなかったのだ。
拓真が驚きで動揺していることを感じ取ったのか、車椅子の少女:チルルは申し訳なさそうな表情を浮かべ頭を下げてきた。
「ごめんなさい。タクさんが驚かれるのも無理はないですよね … わたし、ネット上では男として振る舞っていたのですから … 」
「あっ … いやいや、チルルが謝る必要はないって。俺が勝手に男だと思っていたんだからさ」
「でも … 性別を偽っていたのは、わたしの方ですから … 」
(こういう礼儀正しい面だけは、ネット上のチルルと同じだな)
実はチルルが女であったことが判明して物凄く驚いたが、とにかくチルルと会えたことに拓真は嬉しかった。
まだお互いの本名を知らないので、とりあえず自己紹介でもするかと考えていたところ、車椅子のチルルの背後にスーツを着た男性が立っていることに、今更ながらも拓真は気が付いた。
「とりあえず自己紹介を … と言いたい所だけど、後ろにいる人は … ?」
「あっ … わたしのお父さんです」
そう言えば親同伴なら許してくれるとチルルは言っていたな、と拓真が思い出した所で、その中年男性が頭を下げてきた。
「どうも、私は父の千葉(ちば)康三郎(こうざぶろう)と言います」
そう言って人柄の良さそうな優しい笑みを浮かべて、ご丁寧にも名刺を手渡してきたので、拓真は丁寧に名刺を受け取り、同じく頭を下げた。
「君が娘のネットゲームでの友達か。いやいや、真面目そうな青年で本当に安心したよ」
「恐縮です」
「娘がいつもお世話になっているそうだね」
「お世話だなんてとんでもない。俺は娘さんとただゲームをしたり、チャットをしたりする関係ですよ」
拓真はそう言い、先程貰った名刺にチラリと目をやった。
名刺には『株式会社床崎電機 営業部 営業二課 課長 千葉 康三郎』と書かれてあったので、拓真は思わず目を見開いた。
株式会社床崎電機といえば、日本の総合電機メーカーの1つである。
家電製品から自動車部品、人工衛星、防衛機器、通信機器などのあらゆる製品を製造・販売しており、あの四菱電機に迫る程の勢いで急成長している。特に防衛・兵器分野で高いシェアを持っており、陸上自衛隊の量産型戦闘特化二足歩行兵器:「アサルト」、災害救助用無人パワードスーツなどを製造していることで有名だ。
ちなみに拓真の右腕義手も、この株式会社床崎電機の特注製品である。
「株式会社床崎電機といえば有名な会社ですよね。むしろ俺の方がお世話になっています」
拓真が自分の右腕を指差しながらそう言うと、チルルの父の表情がさらに緩やかになった。
「おおっ、そうだったのか。君がうちの会社の特注製品を使ってもらっているという … あの例の青年だったのか」
「お父さん、タクさんと知り合いだったの?」
「知り合いというか … ちょっとした有名人だよ。瑠唯も一度は聞いたことあるだろうが、彼は13年前に起きた航空機墜落事故の唯一の生存者だからね」
「えっ … タクさんが … ですか? 本当なんですか?」
チルルはキョトンとした表情を浮かべながら首を傾げ、こちらの方を見てきたので、その姿が面白くて拓真は軽く笑ってしまう。
「ああ、本当だよ。その航空機事故で右腕を失くしたものだから、株式会社床崎電機に特注で義手を作ってもらっているんだ」
「そうだったのですか!」
自分が勤めている会社の製品を使っているということに機嫌を良くしたのか、チルルの父は嬉しそうに微笑みながら自分の娘に向かって「いい人で良かったな」と連発し始める。
「とりあえず真面目でいい人そうだから、父さんも安心したよ。それで瑠唯、これからどうするつもりだ?」
「タクさんと2人きりになって話したいことがあるから」
「父さんはどうすればいい?」
「もう、お父さんは帰っていいよ」
「でも … 身体は大丈夫なのか?」
「うん。何かあったら連絡するから … あっ、車椅子は持って帰って」
「分かった。だがくれぐれも無理はするなよ」
するとチルルはおもむろに車椅子から立ち上がった。
最初、車椅子に座っていたものだから、てっきり足が悪いのかと思っていた。だがそうでもないらしい。しっかりとした足腰で地面を踏みしめている。
では、なぜチルルは車椅子に座っていたのか? そしてチルルの父は、なぜこれほど娘の身体を心配しているのか?
拓真は心の中で何か胸騒ぎがするのを感じた。
「なぁ … チルル、もしかしてどこか身体が悪いのか?」
そう尋ねると、僅(わず)かながらもチルルの視線が泳いだ
「今は、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
「そうか、ならいいんだ」
今は、という言葉がやけに強調されていたことに、このとき拓真は気が付いていなかった。
その後、チルルの父は会社に向かうと言い残してタクシーで去って行った。
チルルと2人きりになってしまった拓真はこれからどうするのか脳内で必死にプランを立てるものの、チルルが男の子ではなく女の子だったということもあってか、どうすればよいのか迷っていた。チルルもチルルで2人きりになって少し恥ずかしいのか、少し俯いてモジモジしている。
そこへ見かけたミーサが拓真の身体の中から飛び出してきて、拓真の耳元で小さく囁きかける。
『拓真さん、とりあえずチルルさんを暖かい場所に連れて行ってあげましょう! 男なんですから、ここで彼女をリードしてあげないと!』
ミーサの言葉に促され、拓真はチルルに向かって「あのさぁ」と声をかける。
「今日は大事な話があるってことで会ったのはいいけど、こんな風が冷たくて寒いところでは風邪ひくだろうし … とりあえずどこか暖かい場所に行こうか。喫茶店やレストラン … どこか行きたい所はある?」
「行きたい場所? それなら … 前に雑誌で見たことがあるスイーツ店『Sweetia』に行ってみたい … です」
「スイーツ店の『Sweetia』か。それなら国道61号線沿いにあった気がするな。よし、そこに連れて行ってあげるよ」
拓真は愛車のバイクのシートに腰掛けると、シートの後ろを指差して言った。
「ほら、座って」
言われるがままにチルルはシートに腰掛ける。
「チルル、ヘルメットの付け方は分かるか?」
「わたし、バイクに乗るのは初めてですから … 分からないです」
「しょうがないな … ほら、顔上げて」
チルルの小さな頭にヘルメットを被せ、アゴ紐を調節してしっかりと締めてあげる。
彼女との顔の距離が自然にも縮まる作業だったため、付けてあげている間はずっとドキドキしっぱなしだった。
そして同じく拓真もヘルメットを被り、鍵穴にキーを差し込んでセルボタンを押しエンジンをかける。
「えーと … チルル、ワンピースを着ているけど大丈夫かな … 」
「えっ … ダメなのですか?」
「バイクに乗るときは防寒対策のためにズボンが最適なんだけど … 。それに風で捲れてパンツが見えたりするし … 」
「タイツ履いているので大丈夫だと思います」
チルルが着ているワンピース丈は膝小僧が見えるくらいなので、ギリギリ大丈夫だろうと拓真は思った。
「それじゃあ、そろそろ出発するから、しっかり俺の腰に掴まっておけよ」
「はい」
彼女の細い腕が拓真の腰に回され密着状態となる。
首筋にチルルの吐息を感じ、さらに女の子のいい匂いが鼻の奥を突き抜け、拓真は思わず胸がドキドキしてしまう。
(女の子をバイクの後ろに乗せたのって … これで2人目だな。茂原さんといい、チルルといい、どうして女の子はいい匂いがするんだろうか)
『拓真さん … あたしは無視ですか?』
バイクに乗せてあげた人数に入れてもらえなかったミーサは軽くショックを受けているが、拓真はお構いなしにアクセルをゆっくり回してバイクを発進させた。
一応、後ろのチルルに配慮して速度はあまり出さずに安全運転。
原付の最高速度とほぼ同じ時速30キロで県道27号線を南下し、市役所のある三林交差点を右折。そして国道59号線を西方面に向かって突き進んでいくと、やがて前方に拓真のアルバイト先である白川県警察本部の建物が見えてきた。
(やべぇ … この姿を誰かに見られたら、絶対疑われる! 特に木更津さんには!!)
白川県警本部は大きな交差点の角に建っているのだが、運が悪かったようで信号が赤になってしまった。結果的に拓真の乗ったバイクは県警本部前に停止することになる。
「タクさん、どうかしたのですか?」
「いやっ … 何でもないよ」
なぜか県警本部から反対側の方向に視線を向いている拓真に、チルルは小さく首を傾げていた。
早く信号青になれ と個々の中で念じていると、聞きなれた声が耳に入ってきた。
「あの人 … 鎌ヶ谷君じゃない?」
それは間違いなく木更津雪穂の声だった。
「絶対、鎌ヶ谷君だよ! おーい、鎌ヶ谷くーん!!」
拓真は声がした方向に恐る恐る視線を向けてみると、そこには大きくこちらに向かって手を振っている木更津雪穂の姿があった。その隣には船橋影朗もいる。
「やばっ!! 早速、バレたじゃねーか!」
その時、信号が青へと切り替わったので、手を振る木更津雪穂を無視して急いでバイクを発進させて交差点を左折し、国道61号線を突き進んだ。
「さっきの人、もしかしてタクさんのお知り合いなのですか?」
「あ、ああ … バイト先の上司と言ったところかな」
「そうですか、綺麗な方でしたね」
後でしっかり言い訳を考えておかなければ と思いながらも、さらにバイクを走らせること数十分後、バイクは目的地のスイーツ店『Sweetia』に到着した。
バイクを停めたとろこまでは良いものの、腰に回されているチルルの手が離れないので降りようにも降りることができなかった。
「 … チルル? 目的地に着いたから … もう腕は離しても大丈夫だよ?」
「えっ … あっ、ごめんなさい!」
ようやくチルルが腕を離してくれる。
「もしかして、バイク怖かったか?」
「いえ、あのぅ … 実は男の人とこんなに身体を密着させたのは初めてなので … 少しだけ緊張しただけです。でも … 凄く楽しかったです!」
「そっか。喜んでくれたならいいんだ。それじゃあ、中に入ろっか」
スイーツ店内にいる客は、ほぼ女性客で占められていた。
洋菓子ショーケースの中には色とりどりの美味しそうなスイーツが並べられており、店員が忙(せわ)しなく中のスイーツを取り出しては箱に詰めている。
とりあえず拓真とチルルは各々スイーツを頼むと、店員が「こちらでお召し上がりですか?お持ち帰りですか?」と尋ねてきたので、拓真は「こちらで食べます」と答えると、店員さんに席へと案内された。
席に2人向かい合うように座ると、チルルはテーブル上に並べられたスイーツを見つめて身を乗り出して目を輝かせ始めた。
「この店のケーキ、一度食べてみたかったのです!」
「ってことは、チルルは一度もこの店に来たことがないってこと?」
「そうです。この前読んだ雑誌に載ってあったので、いつか食べたいなって思っていたところで … あっ、そう言えば自己紹介がまだでしたね」
ここで拓真もようやく互いの本名を知らないということに気が付く。
「わたしはチルルこと、名前は千葉(ちば)瑠唯(るい)です」
「俺はタクこと、本名は鎌ヶ谷拓真だ」
「へぇ~、名前が拓真だから、タクというアバター名を付けたのですね」
「ああ、いちいち新しいアバター名を考えるのもメンドくさいからな」
拓真はコップに入った水を口に含み、喉の渇きを潤した。
「それでチル … いや、千葉さんにいろいろと聞きたいことがあるんだけど … 」
「わたしとタクさんは既にお友達なのですから、今まで通りにチルルって呼んでください」
「ああ … そうだよな。ごめん、チルル」
「いえいえ」
千葉瑠唯ことチルルは、小さく苦笑する。
「えーと … まずタクさんに謝りたいことがあります。わたし … 女の子なのに、ネット上で男の子として振る舞っていたこと … 本当にごめんなさい」
「いやいや、別に謝らなくてもいいよ。びっくりしたのは確かだけどさ」
「でも、タクさんは男の人が来ると思っていたのは事実ですよね? その … 騙してしまったみたいで罪悪感が … だから、そのぉ … 本当にごめんなさい!」
「だから謝らなくてもいいって!」
(なんて、奥ゆかしい子なんだ。奥ゆかしい女の子なんて、とっくの昔に絶滅したんじゃなかったのか?)
『まさに絶滅危惧種ですね!』
(ああ、そうだな。絶滅危惧種だから、きちんと保護してあげないと … この俺がな)
『拓真さん、ゲスいですね! 茂原水奈さんがいるにも関わらず、もうチルルさんに手を出そうとしているだなんて … 見損ないました!』
(いや … だから冗談だって!)
拓真は自分の身体の中で大人しくしているミーサとの脳内会話を終えると、必死に頭を下げてくるチルルの手をそっと優しく包み込んだ。
「別に怒ってないから、それ以上は謝らなくてもいいよ」
「本当 … ですか?」
「ああ、本当だ。ちなみに聞きたいんだけど、他のパーティーメンバーはチルルが女の子だということを知っているのか?」
「ネーさんだけは … わたしが女の子であるということがパーティーを結成した日にバレてしまっているので … 。今思えばネーさんは女の子だったから、わたしが女であると見抜けたのでしょうね。『チルルさん、ネナベでしょ?』って言われた時は、わたし驚きました」
ちなみにネナベとは、リアルの性別は女性なのにネット上で男性のフリをするプレイヤーのことである。逆にリアルの性別は男性なのにネット上で女性のフリをするプレイヤーのことをネカマという。
「マジか! … ってことは、今までネー以外のメンバーは知らなかったってことか。でも何でネナベになろうと?」
「以前の別のネットゲームでは性別が同じ女性アバターを使用していたのですが、一部の男性プレイヤーからしつこく付き纏われることがありまして … 。中にはわたしに告白してくる者もいました。そのたびにわたしは丁寧にお断りしたのですが … 相手方は諦めきれなかったようで …」
「まぁ、お互いの顔や素性を知らないのに告白されても困るわな」
「わたしがゲームにログインするたびに、卑猥な内容のメッセージを送ってきたりもしました。だからわたし怖くなって … それ以来、ネット上では男として振る舞うことにしたんです」
「そっか … いわゆるネットストーカーっていうのに遭ってしまったからだったのか」
拓真はチョコレートケーキの一部をフォークで切り取ると、それを口に含んでから次の質問を投げかけた。
「そんな怖い経験をしたはずなのに、なぜ俺にリアルで会おうと? 顏も知らない相手とリアルで会うって相当勇気がいることだよな? 顔バレだってしちゃうわけだし、下手すれば犯罪に巻き込まれる可能性だってあるし … 怖いとは思わなかったのか?」
「怖くなかったと言えば嘘になっちゃいますけど … でも、タクさんとは1年間の付き合いです。毎日のようにチャットをしたりゲームをしたりしているうちに、タクさんは真面目で優しい方なのだと分かりましたから。だからリアルのタクさんも、きっと真面目で優しい人間だろうと信じていました」
そう言って、チルルは天使のような微笑みを浮かべた。
「わたし、タクさんに感謝を伝えたくて … タクさんは『エイリアンハンティングオンライン(AHO)』内で出会った、わたしの初めてのフレンド相手です。あの時、ゲームを始めたばかりで操作に困っているわたしに、タクさんは優しく声を掛けてきてくれて、いろいろと優しく教えてくれましたよね」
「ああ、そうだったよな」
思い起こせば1年前、拓真《タク》と瑠唯《チルル》が出会ったのは、『エイリアンハンティングオンライン(AHO)』がサービス開始された日のゲーム内にある【地球エリア:市街地シブヤ】というフィールドであった。
そこで拓真が、操作に困っている様子のチルルに声をかけたことがきっかけで、2人はフレンド登録を行い、2人だけの小さなパーティーを結成することになったのだ。
このゲームの先行プレイヤーだった拓真は、初心者プレイヤーのチルルにいろいろなことを指導してあげた。2人だけでいろいろなフィールドをクリアしていったし、くだらない話もたくさんした。
どれもこれも楽しい思い出になったことは、拓真も同じである。
「たかがネットゲームで大袈裟な、と周りから見れば思うかもしれないけど、チルルと過ごした日々は本当に楽しかったよ」
「ですよね! 毎日のように狩りをしたり、チャットでお話したり … どれもこれもタクさんと過ごした日々は、わたしにとってかけがえのない最高の思い出ばかりです!」
「いやぁ、チルルにそう言われると … なんか照れるな」
すると、チルルは拓真の顔を見てクスクス笑い出した。
「チルル、何だよ … 笑うなよ」
「だって、タクさんの照れ顔が可愛かったものですから」
そう言い、チルルはフォークに突き刺さったイチゴのショートケーキを口に含んで、美味しそうな表情を浮かべる。
「できれば … これからもタクさんと友達で居られたらいいなぁ、って思っています」
「ああ、俺とチルルはこの先もずっと友達のままだ。またゲームしたりチャットしたり、時々こうやって会ったりして、これからもいい思い出を作って行こうな」
「 ……… 」
しかし、チルルからの返事はなかった。
先程の天使のような笑みはどこへ行ったのか、チルルは唇を噛んで俯いてしまっている。
「 … チルル?」
「ごめんなさい … タクさんとは、もう会うことは出来なくなります」
「えっ … ど、どういうことなんだ?」
「わたし海外に引っ越すことになったんです。だから … もう二度と、こうしてリアルやネットで会うことは … 」
萎縮したような暗い元気のない感じで言った彼女の言葉に、拓真の全身を稲妻のような衝撃が駆け巡った。
「そうか … だから、最後のお別れを俺に伝えるために、こうして … 」
「はい、いずれ他のパーティーメンバーにもお別れを伝えるつもりです。でも、タクさんには直接会って伝えたかったもので … タクさんは、わたしの大切な友達でしたから」
もう一緒にネトゲを出来なくなってしまうことを知ってショックを受ける拓真であったが、何か彼女の言葉に違和感を抱いた。
彼女はさっき『二度と会うことは出来ない』と言った。
しかしSNSが世界中で急速に広がっているこの現代では、世界のどこに居ようが誰とでもメールやチャットが出来るものである。確かにネトゲでは会えなくなるかもしれないが、SNS上では会話できるはずである。
「チルル、俺達はどんなに離れていようとも友達であることには変わりないよ。そりゃ … 一緒にゲーム出来なくなるのは寂しいけどさ、LIME(ライム)やFacehook(フェイスフック)とかあるじゃん。あと声で会話したいならSkypen(スカイプン)とかあるし … 」
「 … タクさんの言う通りですね。でも … それは無理なんです」
「それは引っ越す先は、ネットが使えない環境の場所だからか?」
「そ、そうと思って頂けたら … いいと思います」
そう言って見る見る内に、チルルの目に涙がにじんでいき始めた。
「うぅ … わたしだって … ずっとタクさんと一緒に友達のままで居たかった … 」
「 … チルル」
嗚咽(おえつ)を漏らし始めたチルルの手を、拓真はそっと包み込んであげた。
かけてあげる言葉が見つからず、拓真はじっと彼女の様子を見守っているしかなかった。
そして突如、それは起こってしまった。
「うっ … ぁぁ … 」
急にチルルが顔を歪めて苦しそうに胸を押さえたかと思えば、その小さな身体が傾いていき、そのまま床へと倒れてしまった。
力なく横たわった彼女の姿を見て、拓真の思考が真っ白になった。何が起きたのか分からなかった。
「おい、チルル、どうしたんだ!? 大丈夫か!?」
しかし返事はない。
ぐったりとした彼女の顔は真っ青になっており、唇が小さく震えている。誰がどう見ても大丈夫そうには見えない様子だった。
「誰か、救急車を!!」
拓真が大声でそう叫ぶと、店員が慌てて電話の受話器を手に取り119番通報をする。
店内が騒然となる中、拓真はチルルの身体を抱え起こし、苦しそうにしているチルルの顔を覗き込んだ。
「チルル、しっかりしろ!!」
救急車が到着するまで何度も何度も声を掛けたものの、チルルから何一つ返事が返ってくることはなかった。
○小説情報
以下の小説は、これからこのブログで更新する予定のモノです。
その他の小説は『小説家になろう』に移転 or 更新ストップ状態です。
更新速度は不安定なので、ご了承を。
・狼犬種族の守護者
・戦対課 少年少女事件簿
・二次創作 ブラックブレット ~大阪エリア編~
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