そもそものネーミング自体、経済ヤクザが犯罪を隠そうと命名したとしか思えないセンスの悪さですが、まあ、それにしても、タチの悪さはここに極まりですな。


西武がアマ選手に裏金1300万円


西武裏金問題、高校生に月30万円


希望枠(1)、高校生と大学・社会人の分離という現在のドラフト制度そのものが不正の温床で、常識的に考えれば、

「野球のうまいップ12人だけ(各球団のトップ指名選手たち)だけに職業選択の自由があってほかの選手にないのは理屈が通らない」(ヤクルト・古田監督)のは至極当然のこと。


前年度の下位の球団から好きな選手を指名できる公算が強い(たとえば、NBAではプレイオフ不出場チームの中で選択指名順をかけた抽選が行われ、勝率の最も低いチームが”当たりクジ”が最も多くなるように計算されているが、必ずしも最下位のチームがいの一番に指名できるわけではない)ウェーバー制度にも、選手の年俸に歯止めが掛けにくくなる等のデメリットもあるが、少なくとも不正は防げるし、ドラフト権を使ったトレードも活発になる。


が、何よりもっとも魅力的なメリットは、前年の最下位のチームがドラフトで大物選手を指名して一躍強豪になれるチャンスがある、ということだ。


球場の規模や球団を保有している企業の強弱、マスコミの注目の大小にかかわらず、平等に優勝を狙えるかつての弱小球団が次々と出てくるというのは、興奮以外の何物でもない。


こうしたことは誰もが分かりきっていることだが、

特定の球団支持層向けのテレビ放映権の絡みもあり、

今回も「臭い議論にフタ」方式で導入のきっかけにもならないし、

西武にはドラフト指名権3年~5年剥奪とかいったような厳しい罰則すら科せられないのだろうな。


・・・それにしても、ウェーバー制が導入されると、

「(有力選手が希望球団にいけなくなり)アマチュア選手の大リーグ流出が加速する」という反論が空しすぎる。


そういう選手には諸手をあげて行かせてあげればいい。


消去法的に異国を選んだ選手が、言葉をはじめとした文化の壁や差別的な待遇を乗り越えてマイナーリーグからメジャーリーグに這い上がれるとは私には到底思えない。


成功すれば凱旋帰国でそえrはそれで素晴らしいことだし、
失敗しようとも、海外で一皮向ければ、それはそれで財産になるし、

それから日本の野球界に帰ってくればいいのだし。


ちなみに、納得できないのは、日本プロ野球組織も日本野球連盟といった

関連組織の「週明けに本格的に調査する」というセリフ。

オイオイ、休日返上しないのか?


そして、気持ちはは分かるが、この親には違和感というか、

腹立たしさを禁じえないのは私だけだろうか?


現金供与は現在の規定では明らかな違反なのだ。


裏金受領 早大野手の父も認める



プロテニス選手としては大成しなかった男が

イギリスの上流階級を舞台に、

野心と欲望の狭間で強かに生きていく様を

ミステリータッチで描いた傑作。


ふとした縁から広がる上流階級へのステップ。

その糸を慎重に手繰り寄せた先に見つけた、理想の女

―――義兄の(元)婚約者。


何をしても生気ない表情をしていた主人公の目に滾る、

荒々しい情熱の炎。


理性も出世欲もなにもかも投げ捨ててひたすら快楽に身を委ねたい、

そんな退廃的な囁きにすんでのところでブレーキをかける様が、

まさにテニスボールがネット上をフラフラと

どっちのコートに落ちようかと決めあぐねているかのようで、巧い。


ストーリーはベタベタの不倫愛憎劇で、

「不倫」、「妊娠」、「離婚を求める女」と

ワイドショーや週刊誌を騒がす言葉のオンパレードで目新しさは皆無だが、

名作たらしめているのは、私的には初めて見る、スカーレット・ヨハンソン。


好戦的な目、挑発的な口、透き通った艶肌、まるで両性具有の魅力。

荒々しく服を剥ぎ取られるシーンには男性なら興奮を隠せないはず。


小悪魔という表現を誰かに聞いた記憶があるが、

むしろ、高級娼婦のそれに近く、浮かんだ単語は「肉食」。

誘われたら拒否できる人間がこの世にいるのか、疑問だ。


ストーリーのキーとなっている、主人公が強く唱える「運命論」も興味深い。


劇中でも、テニスコートでネットにかかったボールが自陣に落ちるよろしく

自身の犯罪の証拠を川に投げようとして堤防に引っかかる。


通常なら自らが不利を被るところだが、

ますます自分の有利な方向に事態が進む。


コートのどちらにボールが落ちるのかを決めるのが「運命」なら

それがどんな意味を持つのか決めるのも「運命」、

そんな言外なニュアンスが劇中の至るところに巧く鏤められている。


主人公の人間観やストーリーに深く関わっているのが、

主人公が冒頭で読んでいたドストエフスキーの「罪と罰」。


私自身もあらすじしか知らず、読破していないが、

読んだ上で作品を見ればより感慨深い思いに囚われることは間違いない。


妊娠をアケスケとせがむ妻に、上流階級特有の無関心と堅苦しさ、

―――罪と罰の双方を背負って生きていく決断をした男の無気力な表情がやるせない。


ちなみに監督はウッディ・アレン。


マッチポイント


評価:AA-


1月に見たフランス映画の傑作。


警官の規範を頑なに遵守しようとして犯罪者と堕ちた男と

それをケツを拭くものにもならないと屠って権力を手にした男。


大事小事の差はあれ、ともに警察官としての一線を越えながらも

対立する二人の刑事の生き様が、淡々と、ただ淡々と、

あるべきものとして描き出されている。


重厚感に溢れ、ノワール調な香りも漂い、

特に、幾多の絶望に塗れた前半部分は

息が苦しくなるほど悲しく、胸が締め付けられるが、

最後の最後まで守り通した男の信念に救われた気になる。


この作品の監督は、

劇中に蔓延る無数の裏切りや上司の「忠犬」に成り下がった警官たちに

惨めだとか醜いだとかいった価値観を押付けるでもなく、

そうしなければ生きていけない、そこにある現実として

あるがままに受け止めている。


それは心地よくも、どんよりと重くのしかかる鈍痛のようで、

警官ならずとも「犬」とならざるをえない

多くの人の諦観を誘い、憂うようでもある。


二人の主人公の対照的な家族関係や

犯罪者の家族のシーンなどに見て取れるように、

この作品の中に監督の明確な意趣があるとすれば、

それは、「誰にだって愛すべき家族はある」。


「愛すべきもののためには」、そんな古典的なテーマを

あえてノワール調で覆い、炙り出したその手腕と人間観に惚れた。


今年ベスト3に入る傑作。


あるいは裏切りという名の犬


評価:AA+