まあぼくもそんなに自信があるってわけじゃないんだけど、大事なことは自信のあるなしじゃなくて、自分の相対的な位置を知ってるかどうか。それが不安を消してくれる。
人気のセミナーや本のテーマが自己啓発ばかりなのは、たぶんみんな日頃の不安が大きいからなんだろう。
でも「もっとうまく話せるようになりたい」とか、「他人から見られてる自分と本当の自分のギャップを埋めたい」とか、そういうのは終わりのない話で、完璧なプレゼンテーションなんて一生できっこないし(うまくなったらなったで、きっと気になることは出てくる)、自分で自分のことを正しくわかってないのに他人がわかるわけないし、やる価値がないとは言わないけど、どうにもムダに思える。
けっきょくそれは不安から逃げるために、とりあえずわかりやすそうな反復練習をしてるだけで、素振りをすることは大事だけど、だからといってホームランが打てるようになるとは限らない。もっと言うと、ホームランが打てても、試合に勝てなきゃ意味がないわけで、このへんの目的設定と、そこにいたるアプローチについての思考力、想像力が欠けている。
そして、そういう人は答えの出ない質問をやたら考え続けることが多かったりする。
もちろん考えて答えが出るのであれば、締め切りギリギリまで、死ぬほど考えればいい。でも世の中にはいくら考えたところで「やってみなけりゃわからん」問題が多々あって、そういう問題を考え続けてもただの時間の無駄でしかない。
そう、つまり大事なのは「その問題は考えれば答えが出るのか?」を素早く判断することなのに、すべての問題には答えがあるかのように構えている人のなんと多いことか。
ぼくはこの手の指摘を今年だけで10回近くしている。いろんなところで。共通しているのは、みんなマジメで、すごく真剣に取り組んでいるんだけど、視野が狭くなって本当の目的を見失いがち。そして自信がないから、目の前のことに集中(という名の逃避)をして、時間が過ぎるのを待つ。そこで失われる時間の大切さも考えずに。
ビジネスにおける本当の効率化は最小のステップ(最短)でゴールに達することではなくて、最速で達することです。
すべての道路を考慮して右折1回だけで到達できるルートを探すくらいなら、とりあえずある程度の方向だけ把握したら走り始めることが優先されることも多い。なんにも考えずに走り出すのはアホだけど、考えすぎるのも愚かです。
なんか話が脱線したけど、小手先のテクニックよりも、もっと大事なことを身につければいいのになと思うわけです。
人気のセミナーや本のテーマが自己啓発ばかりなのは、たぶんみんな日頃の不安が大きいからなんだろう。
でも「もっとうまく話せるようになりたい」とか、「他人から見られてる自分と本当の自分のギャップを埋めたい」とか、そういうのは終わりのない話で、完璧なプレゼンテーションなんて一生できっこないし(うまくなったらなったで、きっと気になることは出てくる)、自分で自分のことを正しくわかってないのに他人がわかるわけないし、やる価値がないとは言わないけど、どうにもムダに思える。
けっきょくそれは不安から逃げるために、とりあえずわかりやすそうな反復練習をしてるだけで、素振りをすることは大事だけど、だからといってホームランが打てるようになるとは限らない。もっと言うと、ホームランが打てても、試合に勝てなきゃ意味がないわけで、このへんの目的設定と、そこにいたるアプローチについての思考力、想像力が欠けている。
そして、そういう人は答えの出ない質問をやたら考え続けることが多かったりする。
もちろん考えて答えが出るのであれば、締め切りギリギリまで、死ぬほど考えればいい。でも世の中にはいくら考えたところで「やってみなけりゃわからん」問題が多々あって、そういう問題を考え続けてもただの時間の無駄でしかない。
そう、つまり大事なのは「その問題は考えれば答えが出るのか?」を素早く判断することなのに、すべての問題には答えがあるかのように構えている人のなんと多いことか。
ぼくはこの手の指摘を今年だけで10回近くしている。いろんなところで。共通しているのは、みんなマジメで、すごく真剣に取り組んでいるんだけど、視野が狭くなって本当の目的を見失いがち。そして自信がないから、目の前のことに集中(という名の逃避)をして、時間が過ぎるのを待つ。そこで失われる時間の大切さも考えずに。
ビジネスにおける本当の効率化は最小のステップ(最短)でゴールに達することではなくて、最速で達することです。
すべての道路を考慮して右折1回だけで到達できるルートを探すくらいなら、とりあえずある程度の方向だけ把握したら走り始めることが優先されることも多い。なんにも考えずに走り出すのはアホだけど、考えすぎるのも愚かです。
なんか話が脱線したけど、小手先のテクニックよりも、もっと大事なことを身につければいいのになと思うわけです。

