道を歩いていると喋る花を見かけたんだ。はじめは声が
聞こえてきたんだ。心地よい風に乗ってくる歌声。
・・・しかし、とてつもなく声が汚く、音痴だった。
声の主は椿だった。陽だまりの中で揺れるそのしぐさは
声からは想像できないほど綺麗だった。
しかし・・・あまりの酷い。僕は思わず声をかけた。
「ねぇねぇ椿さん」
話しかけると椿は歌をやめてこっちの方に首を傾げた。
「『ツバキ』とは私のことかしら?」
「そうです。あなたのことですよ。」
「あらそう、どんな御用ですの?私、いま気持ちよく歌を
歌っているところですの。」
「あなたはとても綺麗な花なのだから、そんな声を
ださないほうが素敵ですよ。」
忠告をすると椿は少し間を置いた。
「『ハナ』とは何かしら?」
「あなたのことですよ、あなたのような綺麗な花はそれ
だけで周りから優しくされますよ」
「あらそうなの。ご忠告ありがとう」
「いえいえ、それに花とは喋らないものですよ。その
ほうがあなたのいいところがみんなに伝わりやす
いですよ。それでは」
そう告げて僕はその場を去ろうとまた歩き出した。3~4
歩程歩くと、椿が僕のことを呼び止めた。
「ちょっとそこのお方。お待ちになって。」
僕は再び椿の方へと戻った。
「『ツバキ』とは何かしら? 『ハナ』とは何かしら?」
「あなたのことですよ」
「違うわ。『ツバキ』も『ハナ』もただの名前であなた
方が勝手に私をそう呼んでるだけですわ。」
「見た目を褒めてくださってありがとう。 周りから優しく
される方法を教えていただいてありがとう。」
「でも、私は『私』ですわ、私は声が出せるの。そし
て、歌が大好きなの。だから私は歌うことにする
わ。」
「あなたにとっては気分が良くないかもしれないけ
れども、それが『私』なの。『ツバキ』でも『ハナ』
でもありませんわ。」
僕は知らない間に自分のエゴを押し付けていることに気
づいて、とても申し訳ない気分になった。
「これは大変失礼しました。重ねて失礼ですが、お詫び
の上にお願いをしてよろしいしょうか?」
「今度はどんな御用ですの?」
「あなたの歌を1曲聞かせていただけないでしょうか」
「よろしくてよ。」
彼女の歌を最後まで聞き終えると、僕は再び歩き出した。
終