今ふとかんがえてました
としをとってゆく事とそれに伴うモノの見方の変化

俺はさ、今はまだ若いからこれからの事、例えば自分の将来性だったり、これからの人間関係の発展だったり、結構先を見てそこから人生の楽しみを見出してる。これからの自分が楽しみでしょうがない。

でも、もし自分が50.60歳になったらきっと今と同じ事は考えてないし、人生の意味だってまったく別様な在り方をしてくるんだとおもう。

子供ができて、もしかしたら孫ができて、、
きっとその子達の姿を見てるだけで嬉しいんだろうな、人生が面白いんだろうな。
それは俺の親や祖母を見てて本当に思う

孫と遊んでる時の祖母の顔なんて、めっちゃ楽しそうだし、子供を気遣う母親からだって同様なモノを感じる

子供を愛を持ってしっかり育てるのが親の仕事なら、後に親をしっかり支えるのが子供の仕事。経済的にもだし、もちろん精神的にも。
親子は一生親子。

夫婦と違って、親子関係にはギブアンドテイクで済まされないものがある。

年を取るごと、大切なものが亡くなっていくのは万人の避けられない出来事
そういう出来事が親に起こってくるだろうこれからのタームの中で、その大切なものが亡くなっていくやり切れなさというか寂しさというか、そういうどうしようもない感情をすべて受け止めるのが子でなくちゃいけないんじゃないかと思う。

まだ若いからこういう勝手な想像しちゃう。

なんにしても、円満な家族関係を築くことは、第一義レベルだよね、っていう話でした。



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表現の共通項ってのはどこにでもあるので良く観察しておくこと

いかにして目的を持たずして目的を果たすかということが大切

目標なき目的ってのが案外大事だったりする

あらゆるものを~できるようになりたいという願望はその問題に直結する大切な願望だから大切にしたいし、いままでもこれからも着実に実現させてゆく

それを有意義なものにするには、その集約部分として揺るがない支柱をもつことが必須。
支柱がないと、ただの安定感ゼロ中途半端になりかねない。

自分の中のその支柱へ還元させるためのあらゆるスキル向上と、還元され得た表象物とその制作過程の、相互作用で、より高度な次元を目指す運動こそが自分の人生を有意義にしてくれる本質
感覚を通した経験も当然そこに含まれるから、素直な感覚と上手に付き合って行く術も重要。感覚に従うてのは本当大事よ
感覚って唯一性が高いものだよ

かっこいいと思ったもの、すごいと思ったもの、逆にこれはだめだと思ったものをよく見ること





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なんか昔の自分の記事とか読んでると気持ち悪いね

時は移ろいゆくのだね。諸行無常なりね
栄枯盛衰なりね
永遠なのは"存在“だけね

ひとは変わってゆくから良いんだよ、これでいいんだよ

若い力をいただいてるせいか、昔みたいなことあんまり考えなくなってちょっとリアリストになってきた最近
JKさすがっす
頭上がらないっす

みてるかJK

若い力をありがとう、わかちこ


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