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その機能
通常の通話機能とSMS程度の単機能のみの機種から、携帯情報端末 (PDA) を凌ぐ多機能な機種まで、さまざまな製品が存在する。高機能機種の中には、内蔵するオペレーティングシステムの機能を利用者に開放し、利用者自身でプログラムを追加したり開発したりできるものもあり、スマートフォンと呼ばれる。
日本では、高機能(高価)な機種でもインセンティブ(販売報奨金)により安価に流通させるビジネスモデルがとられたため、高機能機種が広く普及している。また韓国の携帯電話も高機能機種が多いことで知られる。その他の国では、回線契約と端末の分離により端末の価格が機能に比例することや、コンテンツサービスが発展途上であり必ずしも高機能な端末が必要とされないことなどから、安価で基本的な機能の端末にも根強い人気がある。
カメラ付き携帯電話が登場し、カメラ機能を利用した画像解析機能によりQRコードやJANコードが読み取れるようになった。特にQRコードは大容量の文字データを格納することができるため普及した(参考:携帯機器)。
端末本体は、一般社会や日常生活では単に「携帯(けいたい)」と呼ばれることが多く、「携帯」の語は携帯電話の端末を総称するような言葉のように使われており、完全に定着している。また通称として「ケータイ」「ケイタイ」と表記されることも多い。NTTドコモや「電電ファミリー」の制作した技術文書では移動機(いどうき)と書かれることもしばしばある。

構成部位
携帯電話の端末には、アンテナ、スピーカー、マイクと、これらを制御する電子回路と、入力のための暗い場所でも見やすいよう大体光るようになっているボタンと、電源があるが、機能の増加からパーツは増える傾向にある。最近の端末ではディスプレイを搭載しており、液晶や無機EL、有機EL、発光ダイオードなどさまざまな素材が利用されている。初期型の製品にはアンテナがほとんど露出していたが、2000年代中頃に内蔵の機種が増え、現在のアンテナはほとんどが内蔵型である(ワンセグ対応機種はテレビアンテナが付いている)。

電源
また電源も初期には一次電池が使われていたが、二次電池の発達により1990年代にはニカド電池およびニッケル・水素蓄電池が、2000年代はリチウムイオン電池が主流である。携帯電話端末本体が充電器の役割も兼ねており、二次電池の充電回路を搭載している。そのため外部電源を接続することで本体から電池を取り出さなくとも充電が可能である。機種によっては専用の充電用簡易スタンドが付属する場合があり、外部電源との接続が容易である。
外部電源としてはACアダプタによる直流電源が用いられる。家庭用電源を電源とし、3.7 - 5V程度に電圧を落として供給される。

演算・記憶装置
端末のデジタル化により、通信処理を司るベースバンドLSIを利用してコンピュータ化が進み、電話帳機能や発着信履歴の保存のためにフラッシュメモリによる不揮発記憶装置による補助記憶領域も備えるようになった。このことで着信音にバリエーションを持たせることが可能となった。
さらに携帯電話でモバイルブラウザを動かしたり、画像や音楽といったマルチメディアデータを扱うようになると、ベースバンドLSIとは独立したCPUが搭載されるようになった。補助記憶装置の必要性はさらに増し、内蔵の補助記憶装置のみでは容量不足となった。そのため2000年代に入ると外部にメモリーカードのスロットを設け、外部メモリへの記録も可能とした。初期ではSDカードやメモリースティックが用いられていたが、端末に占める容積が大きかったためminiSDカードやmicroSDカード、メモリースティックDuoなどの、携帯電話に特化したメモリーカードが開発された。
このような外部メモリのスロットは主に端末の下部や側面部などに設けられていたが、近年発売されているmicroSD対応端末においては頻繁な交換を想定せず、バッテリスペースの内部に設けられている機種もある。
トランシーバーと構想時代 [編集]
第二次世界大戦中にアメリカ軍が使用したモトローラ製の「Walkie Talkie」が、前身といわれる。 しかしこれは、回線を使用していないトランシーバーである。
携帯電話の構想は、電話機が考案されて間もない頃からあった。電波を使用して無線で通信でき、かつ人間同士が音声にて会話することが夢として描かれていた。モールス符号を用いる無線電信機は携帯電話の元になる技術だが、実用化されても爆発的に普及するようになるものだとはこの時点では考えられていなかった。
また、携帯できる電話を開発する具体的な研究は古くから行われてきたが、電波のノイズの問題やバッテリーの問題、また通信速度などの多くの問題により電話機が非常に大型になってしまうため、実現は難しかった。
1960年-70年代:小型化への努力 [編集]
1960年代になると、両手で持ちながら会話できる程度まで小さくすることが可能となったが、短時間の通話でも疲れてしまうほどに重かった。1970年代になると頑張れば片手で持てる程度の大きさまで小型化した。
1970年代後半-80年代前半:実用化時代(車載電話) [編集]
1970年に大阪で開催された日本万国博覧会にワイヤレスホンとして出展されるが、これは、今で言うコードレスフォンである。
1979年、日本において世界で初めて実用化された。但しこれは車載電話機を使った自動車電話サービスであり、自動車の中だけでしか使えなかった。1981年にはバーレーンとスカンディナヴィアも後に続いた。米国では1978年に“AT&T”と「モトローラ」に実用化実験許可がおりていたものの実用化はまだだった。遅れをとった米国はレーガン大統領へのモトローラの直訴により1981年、実用化がなされた。
このように1980年前後頃から事業として成立するようになり、一部の先進国で車載電話機(自動車電話)として携帯電話機の販売、およびサービスが開始された。この頃は固定電話機と比較すると導入価格、通信費用は共に数十倍であり、また通信エリアも都市部に限られていたため、極限られたユーザーしか導入できなかった。
1980年代半ば頃:実用化時代(ポータブルタイプ) [編集]
車載型ではないポータブルタイプは、日本では、1985年にNTTが「ショルダーホン」を発売している。肩にかけて持ち運ぶもので、重量は3Kgだった。携帯電話と称したものは1987年にNTTから発売されており、重量は750gだった。
1990年代:多機能化 [編集]
1990年代になると普及が進み、本体に液晶ディスプレイが搭載され始めた。 1990年代半ばには通信方式がアナログからデジタルへと移行し、着信音に好みの音楽が設定できる着信メロディや、ポケットベルと連帯したメッセージサービスを利用できるようになった。 1999年にはiモードが日本でスタートし、インターネット網への接続が可能となり、通信速度が向上し、画像やJavaを使用したゲームなどの利用が可能となった。
2001年以降:3G時代(インターネットとの融合) [編集]
2000年代に入ると第三世代携帯電話が登場する。2001年に日本で世界に先駆けて3G (W-CDMA) の商用サービスが始った。テレビ電話が可能となったほか、パソコンと接続して高速なデータ通信が行えるようになった。またラストワンマイルの問題が解決しやすいことから発展途上国でも爆発的に普及し始め、英調査会社、“Informa Telecoms & Media”の2007年11月29日(英国時間)の発表によれば、世界全体での普及率が5割に達した[2]。ことアフリカにおいては、固定インフラの整備が停滞している一方で携帯電話の普及率や潜在市場は膨大なものが予測されており、市場の急成長が注目を集めている[3]が、その一方で電力インフラの整備が追いついていない地域では、携帯電話の利用に必須な電源として自動車のバッテリーからや人力発電による「充電屋」のような商売も勃興している。
2007年以降:スマートフォン時代 [編集]
2007年からは従来の多機能携帯電話(フィーチャーフォン)が更に進化し、パソコンとの差異がほぼなくなったスマートフォンが普及している。