浅はかでした
僕は、なんとも浅はかでした
自分を恥じています
別に名前が「はじめ」だから恥じているわけではないです
自分の浅はかさが恥ずかしいからです
駆け引きなしでいきましょう
さて、次の写真を見て、何を思いましたか?
*この写真は、ある遺跡の一部です
僕は、卑猥だと思いました
こんな、公共の場で、しかもこれ遺跡っしょ?
これは、芸術なのです
性に芸術を見いだす
その発想がなかった
旅をしていて、痛感するのが
世界をありのままに見ているのではなく、
世界を見たいように見ている
we don't see the world as it is,
we see the world as we want
日本では当たり前のこと、常識が海外では当たり前じゃない
例えば、インドで道を尋ねるとします
インド人1「こっちだ(北としましょう)」
10歩くらい歩いて、ほんまにこっちかな?って思って
もう一度尋ねます
インド人2「あっちだ(南)」
おかしくね?ってなって別の人に尋ねます
インド人3「いやいや、あっちだ(西)」
どっちやねーん!!
これを聞いて、インド人は嘘つきだ
と思うこともできる
日本の感覚でいくと
道が分からなければ、分からない、と言う
分からないのに、こっちですよ、と適当に言おうものなら、
どういうことやねん、となる
でも、インドの感覚では、わからない、と言うのは
逆に不親切なんかな?
そのへんは、わからんけど
自分の常識というものさしにあてはまらないからといって
怒ったり、ぎゃーぎゃー言ったり…
僕はよくそうなります
その時は必死です
でも、後で思うと、「ああー、こっちのものさしで測ってたなー」
ってことがよくあります
このときの僕はものすごい反応的なんですね
日本にいるときは、自分をある程度コントロールできると思ってた
でも、びっくりするほど、コントロールできませんでした
反応的ですね
言うなれば、犬ですね
パブロフの犬ですね
反応的ということについては、こちらのブログへ
じゃあ、反応的なのが悪いのか?
人間ですから、反応的になります
怒るし、悲しむし、落ち込みます。
ただ、僕たち人間は、どの反応をとるかということを選ぶことができる
選択の自由がある
これを初めて知ったとき、大発見でした
すごくないですか?
Aが起こったら、Bになるんじゃなくて
Aが起こったら、B,C,D,E…の中から好きなものを選ぶことができる
選択の自由
すばらしくないですか?
P.S. 僕は洗濯を選択することから始めました。洗濯の回数が減っています…
P.S. 僕は洗濯を選択することから始めました。洗濯の回数が減っています…
ツイッターはこちら


