バックパックとテクテク。 -25ページ目

バックパックとテクテク。

ずっと憧れていたバックパッカー。2014年3月からマレーシア・クアラルンプールからスタートして、トルコはイスタンブールを目指します。旅のワクワクを届けられますように。バックパックと一緒に、テクテクいろいろ見てきます。

昨日、大学で第一回が開かれた「Symposium In MMU」。議題は「メディアと東北大震災」という事で、震災に関してメディアがどうあるべきであったか、twitterなどのミドルメディアはどう機能したかが議論の中心になりました。

面白いなと思ったのはtwitterにおける発言への「責任」。たった140文字のつぶやきでも、リツイートなどによってデマが流れやすい性質を持っていることを利用者は理解していないのではないかという意見が出た。

けれど普段から利用している人にとってつぶやきへの「責任」意識は低いものであり、気軽に呟けるというのがその魅力でもあるということもあり、twitterを利用する上で発信する側の「責任」がある一方で、受信する側にも「責任」はあるのではないかという議論に発展。僕としては今回の震災を通じてtwitterのその即時性の強さと、正確性の弱さが明らかになり、今後そのあり方は変わってくるのではないかと思う。

それにしても、機能のシンポジウムは以前所属していたゼミの議論を思い出させた。自己主張しつつも、議論を上手く展開していくような「ノリ」を生み出していく技術が格段に落ちているとも実感。次回のシンポジウムはもっと全員が発言出来るような、いい雰囲気を作り出せるように、もっと知識を増やして、普段から考えていかなければ。

うーん、ブログ書いてはみたけれど、昨日のこと完璧にはまだまだ理解していないとも思う。もう一度、まとめ直そう。

最近、今年で働き始めて2年目にそろそろ突入するスーパーのバイトの出勤日数がとても少ない。

というのも、ちょっと前までは6~7人で回していたシフトが、最近はバイト生が増えて15人程でシフトで回すことに。これでは必然的に一人一人の出勤日数も減ってくる。どうしてそんなにバイトを増やしてしまうんだろう、と思いつつも、就職活動でうまく出勤できなる人が増えるからその対策なのかな、とも思う。

いずれにせよ、ここ最近バイトの収入が少なくてたまらない。飲みに行く機会も少なくなったし、携帯電話の支払いを済ませて、少し必要なものを購入したらもう、すぐに給料が無くなってしまう。そろそろ新しいバイト始めたいな、と思ってます。

どんなバイトが良いかいろいろ考えてみました。

ガソリンスタンドは小学校時代からの憧れ。「ライ、ライ、ライ…ストーップ」ってどんなに大きい声で言っても(恐らく)怒られない。それに僕はガソリンの匂いが大好きなんだ。

本屋もいいな、って思う。陳列された本を眺めるだけで十分に情報を得られるし、本を買いに来た人たちの姿が好き。うるさくないし、どこか新しい知識を求めて集まってきてるのもあって、心が躍る。僕自身、本を買いに行く時はなんとなくワクワクする。少なくとも野菜を買いに行くのよりも、良い。

けれど、やっぱり経験してみたいなと思うのは居酒屋だとかバーの接客業。ある程度頭を使ってみたいし、料理をさせてもらえるとしたら、そりゃとても有益なことに違いない。僕は料理が好きだし。

さて、夏にはまた短期ではあるけれど海外渡航も視野に入れているのでなかなか働き始めるには難しいシチュエーションなのかもしれないけれど、旨い具合にプラン立てて、新しいバイト始めたいな。

さらに欲を言うならば、街中でバイト後飲めるようなところ・・・
いや~、働いた!なんつって他の街で働いている友人と一杯引っかけて、翌日1限寝坊したりなんかして・・・

彼女に怒られるので、だまっときます。

おやすみなさい。
最近始まった就職活動。まだまだ本格化していないけれど、就職する土地に関して考える機会も出てきた。宮崎?福岡?東京?はたまた北海道に帰るか。随分と考えてしまいます。

けれど、北海道には帰らなくていいかなってなんとなく思ってしまう。僕は自分の街が好きなんだけれど、大切な場所だからこそ、頻繁に帰ったりしたくないなと思う。

というのも、遠い場所からその土地について「どうなってるかな」と考えたり、懐かしんだりすることが僕は好きで、そこに住んでしまってはその場にいることが当然になってしまう。もしかしたらその土地にいる人たちを大切に思ったり出来なくなってしまうかもしれない。それが怖い。

きっと大学を出たら、宮崎の土地からも僕はいなくなるのだろうと思う。この土地は大好きなんだけれど、まだ僕はここで落ち着きたくないって思う。老後は宮崎でもいいかも、焼酎が美味しいし、料理がなにしろ素晴らしい。随分宮崎に来てから魚から肉に食生活がシフトしてしまった気がする。けど、美味しいから。

そんな僕なんだけれど、そろそろオーストラリアに帰ってもいいかな、と思い始めている。2006年夏、僕はオーストラリアに3ヶ月間留学した。素敵なホームステイで第二の家族と出会って、圧倒的なまでの音楽が人と人を繋げる力に助けられ(普段の生活ではそんなもの神話に過ぎない、と思っていたけれどこの経験を通じて変わった)、数えきれないほどの友人と出会った。

今思う事。それは「変わってしまっていたらどうしよう」とかいう杞憂よりも、僕の記憶の深いところに存在している彼らに忙しくなる前にもう一度会いたい、という気持ち。僕は彼らの心の中にどう存在できているのだろうか、とても気になってしまう。

Facebookを通じてコンタクトを取ることも少なくない。けど、実際に会って大人になった僕らどうし、グラスに入っていた飲み物をコーラからビールに代えて、もう一度乾杯してみたいな。

来年3月、オーストラリア渡航。本格的に考えてます。