日本経済新聞 2015/1/26 7:00
2016年卒採用から就活スケジュールが変わる。大手企業の説明会は3年生12月から3月に、面接は4年生4月から8月に「後ろ倒し」となる。本当に「3月解禁」は守られるのだろうか。就活スケジュールの実態を調査した。
■「きっちり指針は守る」と商社
「3月解禁」は経団連が13年9月にまとめた「採用選考に関する指針」に基づき、会員企業に要請したものだ。経団連に加盟していない外資系企業など一部で採用活動は始まっているが、多くの就活生が入社を希望する経団連傘下の企業は、この指針に基づいたスケジュールで採用活動をすると世間では考えられている。
まずは経団連に加盟する大手企業に正面から聞いてみる。
「指針通りにきっちり進める。インターンやリクルーターで目星をつけた学生を内々定などの形で確保しておいて、(面接解禁の)8月1日に『はい内定』ということはしない」。住友商事の高橋勇採用チーム長は明言するが、もともと「後ろ倒し」を言い出したのは商社業界なので、これは当然。
毎年、大量採用するメガバンクも「3月広報、8月選考を守る」(三菱UFJフィナンシャル・グループ)。なにを聞くのかと言わんばかりの返答だった。
■水面下では別の動き
しかし、連載開始から4シーズン目を迎える「就活探偵団」は過去、採用の最前線で企業が表と裏の顔を使い分ける様々な場面に出くわした。16年卒予定の就活生に話を聞いてみると、水面下で表向きとは別の動きをしている。
「就活イベントで知り合った大手食品会社の人事担当者から、『一度会社に来て』としつこく誘われています」(法政大3年生)
「大手コンビニのインターンシップに参加したら、『説明会きて』『今度飲み会やるから来て』という誘いが頻繁に来るんです」(早大3年生)
「在京テレビ局が秋に開いたインターンに参加した後、冬のインターンにも参加してほしいといわれました。なぜかわかりませんが、このことは誰にも言わないように口止めされ、さらに他社のインターンで内々定をもらっていないかどうかまで念入りに確認されました」(上位校3年生)
■後ろ倒しが採用難に輪
いずれも経団連に加盟しており、業界を代表する企業だ。説明会の解禁前に優秀な学生に目星をつけて囲い込み、採用につなげようとしているのは明らか。表だって「説明会」を開いているわけでないので「解禁破り」と言い切れないかもしれないが、インターンで段階的に選別している点などは、実質的な採用活動に近い「青田買い」だろう。
ここまでやるのは企業にもワケがある。16年卒採用は例年になく、採用が厳しくなることが確実視されている。景気回復を受け、昨シーズンからは就活生有利の売り手市場。「昨秋時点で15年卒の内定率は前年度比8ポイントも高い」(専修大)など、各大学で軒並み内定率があがっている。就活スケジュールの変更が採用難に輪をかける可能性が高い。
昨シーズンまでのスケジュールであれば、4月の面接解禁から10月の内定式まで、企業は6カ月の選考期間が確保できた。ところが、「8月面接」の新スケジュールでは実質2カ月にまで短くなってしまう。「8、9月だけで昨年並みの300人を採用できるだろうか……」(建設大手)、「大手でも知名度がないBtoBの企業は苦労しそう」(通信会社)。企業の採用担当者からはこんな不安の声が漏れてくる。不安に駆られた人事が早め早めに動こうとするのは無理もない。
■「守るのは商社とメガバンク、東レぐらい」
経団連加盟企業も「3月解禁」が守られるとはあまり信じていない。大手精密機械の採用担当者は「3月説明会、8月面接の解禁をちゃんと守りそうなのは(採用に強い)商社とメガバンク、あとは経団連会長会社の東レぐらいじゃないの」と言う。この会社も8月面接解禁を待たず、6月から理系人材の採用を始めるつもりだ。
ある就活支援企業の担当者も「聞いた限りでは、まともに3月説明会、8月面接をやる会社はない。だいたい6~7月までにファストパス(内定予約)を出す会社が多い」という。
人材コンサルティングのHR総研(東京・港)が実施したアンケートには、こうした証言を裏付けるような数字が並んでいる。
「スケジュールを守れない」と答える企業が圧倒的に多い(1月23日、神奈川大の掲示板)
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「スケジュールを守れない」と答える企業が圧倒的に多い(1月23日、神奈川大の掲示板)
「いつから面接を始めますか」の質問に対し、経団連の指針どおりの「8月」と答えた企業は大手製造業(従業員1000人超)で4割にすぎない。非製造業にいたっては、従業員1000人超の大手でさえ、「8月」との回答はたった2割。「非製造業では面接開始は8月より、むしろ3月の方が多いという結果が出ています」(HR総研主任研究員の松岡仁さん)。
探偵は取材に訪れた神奈川大学で「大半の企業はスケジュールを守らない」ことを如実に示した光景に出会った。学内説明会の申し込みなどで大学を訪れた企業に対し、掲示板に貼った紙に「スケジュールを守る」「守れない」のどちらかにシールを貼って下さい、と頼んだところ、1月23日時点で「守る」シール13に対し、「守れない」は107。「守る」比率は10%にすぎなかった。
これほど指針が軽く見られているのはどうしてなのか。昨シーズンまでの「倫理憲章」に比べ、拘束力が後退したことが指摘されている。倫理憲章は「就活スケジュールを守る」と意思表示した企業がサインしたもので、ある程度は心理的な拘束力は期待できた。しかし、「指針には『自己責任の原則において』とただし書きがあり、強制力がない」(大手採用支援会社)。
■大学も「3月解禁を信じるな」と指導
かくして企業は水面下で動き回り、その焦りが就活生、大学にも伝染していく。上智大3年生の山本幸一君(仮名)の周辺ではこんな噂が広まっている。「今年は内定受諾の返事をする期限が早めに切られる。金融、メーカーは4月ごろから選考が始まって内定がすぐに出て、返事の期限が6月末。商社は7月から選考が始まり8月1日に即内定」。本来なら面接も解禁されていないので内定は出ないはずだが、水面下での企業の激しい「採用活動」を見ると、「単なる噂」と笑い飛ばせない。
大学側も3月解禁を、はなから信じていないようだ。
「経団連指針をちゃんと守る会社はおそらく半分もないから、例年と同じように『12月説明会解禁』のつもりで動くように学生には指導している」(明治大就職キャリア支援センター)。立命館大3年女子の就活生は「大学からは『3月解禁を信じるな。前もって動け』と指導されています」と話す。
もともと大学側は就活後ろ倒しについて、「学業に専念できる時間が増えるのが望ましい」と賛成多数だったはず。それが、手のひらを返したように「3月解禁を信じるな」というのは学生を指導する立場としていかがなものかと感じるが、「企業の採用担当者と話をすると、早めに動かないと就職率に確実に影響すると思った」(上位校キャリアセンター担当者)。大手企業への就職状況が大学の入学者数を左右する現実を前に、やむを得ないということのようだ。
■すでに疲れている就活生
企業の動きに対応しようとする大学に対し、今度は企業側から「(大学の)キャリアセンターが学生をあおりすぎでは……。教授に伝染して指針破りにつながらないか心配」(大手IT系企業採用担当)など批判の声があがる始末。例年になく、就活戦線には疑心が渦巻き、就活生もいや応なく巻き込まれる。企業や大学の焦りを敏感に受け止める真面目な就活生ほど動きは早いが、心労も多い。
「就活後ろ倒しというけれど、夏のインターンから就活は始まっているので就活が長くなった感じがする」――。東洋大3年の女子就活生はすでにちょっと疲れた様子だ。東京理科大大学院生は「8月の面接と卒論が重なってしまいます。同時にこなせるでしょうか……」と7カ月先のことが心配で仕方ない。なかには、「大学生はそもそも勉強しないので、就活スケジュールを後ろ倒ししても無意味」(上智大3年生)と妙に達観して動じていない就活生もいたが、これは例外だろう。
「温まっている学生」と「寒い学生」――。今シーズンの就活で企業の採用担当者や大学のキャリアセンター担当者らがよく口にする言葉だ。大学の指導によってすでに臨戦態勢に入っている就活生と、3月解禁のつもりでのんびり構えている学生の二極化が顕著になっているという。
「早く動いた方がいいといくらいっても、昨シーズンの先輩の楽な就活を聞いている学生は理解してくれない。今シーズンはどうなるか不安」。中堅大学のキャリアセンター担当者は打ち明ける。企業は早いタイミングで内定を出すので、「寒い学生」はなかなか内定をとれず、ズルズルと就活が長引くことを心配している。
例年以上に長丁場になると聞けば、就活生はうんざりしそうだが、その分チャンスも多い。それを裏付けるような話もある。「10月の内定式ギリギリまで採用は終わらないだろう」(IT系企業)、「8月に内定を出した後、秋採用をすぐに始める企業も多いと聞いている」(上位校キャリアセンター)。「温まっている」学生はスタートダッシュにかけてもいいし、「自分はまだ寒い」「出遅れた」と思った就活生は長丁場を見据えて臨むというやり方もある。
■調査結果
「3月解禁」を額面通りに受け取らないほうがいい。早めの準備を。