今日は、この春小学一年生になった娘の、
初めての個人懇談だった。
先生とのコミュニケーションを持てる機会、
ワクワクして挑んだ。
が、
保育園とは違う小学校の厳しさ、
いや、
我が子の未熟さを痛感させられる結果だった。
『先生とは、褒めてくれる存在』
私の中にあったそんな幻想と希望を
押しのけて、
先生は単刀直入に、娘の欠点を
笑顔で知らせてくれた。
まだまだ小1。
これは、全てが親の責任であると
受け止めた私。
先生が仰るご指摘に、まるで
自分の生活習慣を責められてる様に感じた。
娘か指摘された欠点は、
私自身が持つ欠点とと丸かぶりだった。
雑。
人の話を聞けない。
切り替えができない。
かまってちゃん。
この歳まで、誰にも注意をされずに
過ごしてきたところ、
ついに、来た。感じだった。
言われてしまった。
娘が変われるかどうかは、
私が変われるかどうかに
かかっている。
私には、娘を叱る権利はない。
娘が悪いのではないのだから。
分かっているけど、
やっぱり言ってしまうよね。
『もっと、丁寧に取り組みなさい』
『先生の話をちゃんと聞いて行動しなさい』
こんな親には絶対
なりたくなかったのに!!
まだまだ未熟。。
娘と一緒に成長させていただく。。
今日は本当に凹んだけれど、
凹んでしまう様な出来事は、
魅力出的な人間になるための
『種』なのだと思った。
この出来事が、種となって、
ぐんぐん育って花が咲く。
ジョウロで優しく水をあげる様に、
丁寧に育てていけたらと思う。
褒めてごまかすのではなくて、
正直に知らせて下さった先生に感謝の日。