帰国という言葉が頭を過ぎった。
――弱すぎる自分がそこにはいた。
すぐに治ると思っていた『耳鳴り』がその夜も聞こえてきた時。
僕の心の中で恐怖は徐々に、
徐々に膨れ上がっていった。
海外保険に入っていなかった事も、
その事に歯車をかけた。
病院にも行けないんだと、この時は思った。
だから、
自分の力だけで『耳鳴り』と戦わなくちゃいけない事に、
恐れをなした。
『耳鳴り』と一生付き合う事になるかもしれないという、
恐怖が僕を襲った。
耳が聞こえなくなるかもしれないという、
不安が僕を襲った。
そんな事を一日中考えた。
たった一人で。
夜の6時にネット屋が閉まるもんだから、
『耳鳴り』について調べる事も出来ない。
何かしらの情報を入手して、
安心する事も出来ないって訳だ。
明日になれば、インターネットで原因を突き止めてやる。
そう思いながら、僕は長い、長い、本当に長い夜を過ごした。
――翌日。
寝不足の目を擦りながら、
僕はネット屋に直行した。
宿から徒歩3分である。
が、どういうわけか、扉が開いていない。
消えかかった営業時間も確かに朝9時からと書いてあるのだ。
少し考えてから、僕は肩の力が一気に抜けていくのを感じた。
『嘘だろう・・・』
思わず口が開いていた。
今日が日曜日だという事に気づいたのだ。
日曜日は、ほとんどの店が閉まる。
―どうする。
開いているネットカフェなんてあるのか。
不安が心を埋め尽くす。
だが、立ち止まっていられなかった。
諦めると、駄目になりそうな気がしたからだ。
僕は我武者羅にアンタナナリヴの町を徘徊した。
どこかに、どこかに開いている店がある筈だ!!
そう思いながら。
だが徘徊している間に、最後の恐怖が僕を襲ってきた。
ふと『耳鳴り』について考えた時だ。
変な音が聞こえるのに、耳は全く痛くない。
もしかしたら、脳に異常があるのかもしれない。
そう考えてしまったのだ。
また、脳を損傷させたかもしれない要因にも心当たりがあった。
熱が出ているのに、悪路を移動した事。
シートが熱くて、不自然に身体(頭)を温めた事。
バスの休憩時、気を失いそうな立ち眩みを引き起こした事。
それらの事が、一気に不安と恐怖を加速させた。
その不安を打ち消す為にも、『耳鳴り』の原因と、その危険度は今日中に調べたかった。
このままの状態でもう1夜過ごすなんて、考えたくもなかった。
その時、ガイドブックにワイファイ付のホテルが載っていた事を思い出した。
さらに、僕は以前そこを訪れていた事も思い出した。
その時の記憶によれば、ホテルには喫茶店がついていた。
ひょっとすれば珈琲1杯でWIFIを接続させてくれるかもしれない。
そう思ったのだ。
僕はそのホテルへ向かった。
そして到着するや否や、駆け足でレセプションまで詰め寄った。
だが、レセプションの対応は、冷酷なものだった。
僕はそのマダガスカル人に、
『もしかしたら脳に異常があるかもしれない(中略)、だから、ネットを繋がせてほしい。』
恐怖と不安が入り混じった表情で懇願した。
マダガスカル人は、
『ダメよ。ここは宿泊客しかネットを使わせていないの』
吐き捨てるようにそう言った。
僕はさらに強く懇願した。
『お願いだ。本当に不安で堪らないんだ』
だが彼女の対応は依然としてNOだった。
とそこへ、そんな様子を見ていた、
ちょっと太った宿泊客と思われる男性がこちらへ寄ってきた。
『どうしたんだい?』
何気ない一言だったが、その時の僕にはそれが妙に嬉しかった。
冷酷なマダガスカル人もいれば、全く無関係なのに、手を差し伸べてくれようとする人もいる。
精神的に不安定だった僕は、そのやさしさに泣きそうになった。
僕はおっちゃんに、涙声で自分の症状について話した。
おっちゃんは真剣に聞いてくれた。
全て聞き終えた後おっちゃんは、
僕のかわりにどうか繋がせてあげられないかと、
レセプションに尋ねてくれた。
だがマダガスカル人は、
宿泊客以外は、ダメ!!
という姿勢は崩さなかった。
ついには、
厄介ごとはごめんだといわんばかりに、
別のホテルを紹介してきた。
『そこなら繋がせてくれるんじゃない?』
彼女が最後に吐き捨てた言葉だった。
・・・次のホテルも同じような所だった。
皆、自分の仕事に支障をきたすような輩は、追い払いたいという感じだった。
一番酷かったのは、閉まっているネットカフェに電話をし、あたかも繋がったように見せかけ、
店は開いているからそちらにいけば?出来るんじゃない?と言われた事だった。
その言葉に僅かな希望を見出した僕だったが、
実際は閉まっているその店を見て、絶句した。
同時に、マダガスカル人が信用出来なくなった。
宿の人間も、そこらへんにいるマダガスカル人も、
その笑顔も、全て作り物だ!!
なんで嘘をつくんだ。
マダガスカル人!!
僕はマダガスカル人の本来の姿を見た気がした。
所詮社会主義国家だ。
他人の事などどうでもよいのだ。
ネット屋の前で、崩れるようにして座り込んだ。
途方もない疲労感が、僕を襲ってきた。
そして、色んな事を考えた。
日本の事。
あの人の事。
この人の事。
その人の事。
これからの事。
『帰国』という事も、考えた。
このまま旅を続けて、耳に障害が残る人生を取るのか。
耳の事を考えて、日本に帰るのか。
それ以前に、脳に異常があれば死ぬかもしれない。
旅なんて、言ってられない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
また涙が溢れてきた。
身体の異常への恐怖と。
旅が終わるかもしれない悔しさと。
自分の情けなさと。
逆恨みだけど、マダガスカル人の冷たさに。
色んな感情が僕の瞳から零れていった。
俺は弱い。
弱すぎる。
矮小で、原因がわからない『耳鳴り』にこんなにも恐怖している。
弱い!!なんて弱いんだ!!
世界一周の旅に出る前、
『万が一の事態にも巻き込まれるかもしれない』
なんて親に言って、
かっこつけて出てきた。
親も
『そういう事になっても、好きな事をやってるんだから、本望やろう』
と言った。
何が本望だ。
俺は死にたくない!!
今、こんなにも死にたくないと思っている。
旅は好きだ。
それなりにリスクもある。
だけど。
ここで死ぬことは俺の本望じゃない。
生きて日本の地を踏む事が本望だ!!
生きたい!!
カッコ悪くても、それが俺の本心だった。
・・・結局、ネット屋は見つからなかった。
そして宿に戻り、
今夜も恐怖に怯えながら過ごすのかと思うと、
ゾッとした。
その時だ。
丁度レミューズパークから帰ってきた高橋さんと、ばったり受付で再会した。
高橋さんは数年前にバックパッカーとして世界各地を旅していたらしい。
今は短期旅行として、マダガスカルに来ているという事だった。
実は彼とは今朝、ネット屋に行く前に会っていた。
その時に、『レミューズパークがどんなだったか聞かせてくださいね』と僕は言ったのだ。
高橋さんはその約束を守ろうとしているようだった。
・・・だが、この時の僕はそんな話を聞く余裕がなかった。
一刻も早く一人になりたかった。
今日はちょっと・・・と部屋に戻ろうとした時だった。
高橋さんが、飯でも行きましょうと誘ってきた。
僕は断る為に、自分の今の症状と状況を話した。
そう、初めは断ろうとしたのだ。
だが、人と話をすることによって、
日本人に話を聞いてもらう事によって、
どんどんと気が楽になっていく自分がいた。
・・・僕はご飯に付き合っていた。
そこで高橋さんは、的確なアドバイスをくれた。
アフリカを旅したいのであれば、しっかりと療養する事。
保険に入っていなくとも、治療費はそんなにかからない事。
ケツにキノコ細菌が繁殖して、とんでもない目にあった事。
旅をしてると、色々あるさと、高橋さんは言った。
それから、注文したカルボナーラを食べながら、
『僕はバックパッカーの味方ですから』
にこやかに笑いながらそう言った。
そして、
『なんでも好きなだけ食べなよ!!病気の時はしっかり食べないとね!!』
そう言って、本日のオススメをご馳走してくれた。
僕は高橋さんの顔を見た。
高橋さんはまた笑っていた。
湯気が出ているカルボナーラの所為で、かけたメガネが少し曇っていた。
その事が、高橋さんの人柄の良さを表しているようだった。
続く。
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