田村さつきの「海外就職実現への道のり」 -23ページ目

田村さつきの「海外就職実現への道のり」

「人と仕事のマッチング」を長いこと追究しています。『グローバル人材塾』:キャリアデザイン部門エグゼクティブ兼CEOです。

地震以来、“海外で働きたい!”そう思う方が増えている。
「日本脱出」という後ろ向きな理由ではなく、「海外就職」の意義について、深く深く考える方が多い事を目の当たりにし、モチベートされる私がいます。

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最近、1ヶ月に1~2回しか更新をしないブログとなってしまった、、、、(汗)
だからこそ、気持ちばかりは中味の濃いブログを書きたいと思う様になったのですが、、、、(なかなか難しいかも)

★「移民」「出稼ぎ」「海外就職」とは、私にとってかなり深い意味を持っていて、言葉では上手く説明できませんが、今夜はこのテーマで書いてみようと思います。

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今から10年ほど前、日系のブラジル人の方々と一緒に仕事をした経験がある。
日系ブラジル人の方に仕事を斡旋する仕事。
【人と仕事】をテーマに仕事をする様になってから10数年の時が流れている。
失われた20年というけれど、その半分以上は「人と仕事」の現場に携わってきた私。。。
そして、今、「海外就職」の支援も大きな仕事の1つとなった。
結局のところ、きれいごとではなく、時代の変化ですべてが180度変わってしまう世界。残念ながらこちらの都合だけでは解決できないのです。。。時代が良いときは、仕事を選ぶ事が当たり前。時代が悪くなれば失業者があふれ、選ぶことさえ出来ないのだから。

10数年前には、日系のブラジル人の労働力に頼り、同時に沖縄や東北から「出稼ぎ手帳」を持った若者が集まり、製造工場はにぎわっていた。それがすべて崩れてしまった“リーマンショック”からイッキに派遣バブルの崩壊、、、ようやく次が見えてきそうなこの時期に「地震」・・・!
そして不況や地震を機に、海外就職希望者が増えている現実。「日本脱出」と思われても仕方がないところもあるのかもしれない。
けれども、彼ら(彼女ら)は決してそう考えているわけではない。

“今、この時期に、アジアで働くという事は、たとえ今のお給料が半分になったとしても、価値のあるものだ”
と言っている。

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◆先日、沖縄県立博物館に行ってきました。
$輝いている人・・・私の出逢った輝いている人たち

「ソテツ地獄と移民」
こちらのコーナーに立ち止まり、思わず見入ってしまいました。
とにかくわけのわからない感動と思いがこみ上げてきた。
大正末~昭和の初め、沖縄出身の移民者20,000人。ブラジルへは16,287人。
この時代に海外に渡ろうと思う事、今とは比べ物にならない程、覚悟が必要だったのではないでしょうか?
そんな事を考えれば考えるほど、結局はいつの時代だって、新天地を求め、夢を追い、行動に移した人がいたんだ!そう思うと妙に感動した。

いつの時代だって同じじゃん、、、、

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私の軸というものは、、、
『能力のある方がその能力を発揮できない職場環境に居ることは社会の損出だ』と思っている。
フツフツとしているのなら、時間のムダかもよ?!
海外いきたきゃ、行くしかない!
出来ない理由を探しているほど時間はないはず。

これから3年、、、どんな人生を送るのかによってものすごく将来は変わると思う。
例えば、、、3月11日以前には戻れないのだから、、、、

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明日からシンガポール入り。
外から見た日本というものを少しでも肌で感じてみたいと思います。
海外で働きたいと思う人と、欲しいと思う人材像が果たして一致するのだろうか?
確実に言えるのは、これから数年、アジアで働いた経験のある人と、フツフツとした中で、毎日上司や国の悪口言って過ごす人との差は明らかに出るはず。
そして私の根底に流れる思いは、「人材が流動化することこそ、経済の活性化につながる」という事。
そう思うと、この先も七転び八起きの日々なんだろうなぁ。。。(苦笑)