実は最近、エネルギーの根源となるような「力強い何か」が自分の中から無くなってしまったと自覚しました。以前はルサンチマンを持っていました。そのときは馬鹿なりに思考していたので自分の存在が確かなものでした。今わかるのは、それは外的な環境があったからこそ思考ができていたということ。大学に入学してからは一転して自分への不満ばかりですが、思考といえるほど頭を使っていないんです。何かについて思考しようとしても、以前の頭の使い方を忘れてしまったような。すると段々と、この「無思考」の状態に慣れてしまい、嫌に安定してしまって、ここ数ヶ月間は、変な出逢いと再会が一時的にはありましたが、ほぼ何も無いと言えてしまうほど。この状態ではさすがにマズい。
そう思わせてくれたのは、そしてこうして記事を書くまでに行動させてくれたのは。生活リズムなんてクソクラエと、それくらいのことしかできない程度の自暴自棄になって起きている私、つまらない番組の録画を勉強などという理由を付けて鑑賞し続け数時間、いよいよ飽き、書き散らしたメモを頼りになにか思考したいと考え、パソコンを開きお気に入り登録はされているものの最近は読んでいなかった一つのブログを読む。すると投稿者の彼が、自分を見失いつつも行動して模索しているのが伝わって来た。そこのコメント欄には「感受性」の文字が。
そうかぁ。私は感受性とやらの懐かしい言葉で表せるものが低下しているのだ。最近はなにを見ても感動なし、不満もなし。思考に及ばずすべてを受け入れてしまう。でもそうなってしまった今、喜びとやらを感じたことはあったっけ、と思うほどの自分がここにいる。そろそろ脱却したいなぁ。少なくとも、ハタチになるまでには。ということで、自分からアクションを起こしていこぅ。失うものなんて、何も、否、殆ど無いのさ。