美しきお節介 | ボンノウズ

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日本に帰ってきちゃったよ・・・

私の友人に、お節介。という言葉が似合う女が二人いる。


何の因果か二人共AB型だ・・・


子供の頃・・・いや、比較的最近まで私自身の美学にもお節介は無しだった。


この2人の友人を除いて、知り合いにも、街でもお節介な人は最近少ないように思う。


お節介って、何かしてと言う前に あ~あ~あ~ ほらほら とか言って世話を焼き、


それが行き過ぎている場合が往々にして多い。


ないだろ~ そう言うの・・・  とずっと思っていた。


でもこの2人のお節介な女二人と私が友達でいる理由が、いよいよ最近分かってきた。


心も体も健康な人にとって、お節介人はお節介だ。


でも心か体が痛んでる時、お節介人は救世主・・・(言いすぎました)


お節介人の優しさは染み渡る。


勿論、お節介じゃない普通の人の優しさだって分かる。


でもこの時代、お節介が出来る人がどれだけいるんだろう・・・と思った。


実際私も何だか出来ない。


自分自身のことでいっぱいとか、


あーだこーだ言われたくないよね?と変に気を回してみたり、


手を差し伸べたくても差し伸べられない・・・


私は今回、色んな人からメールをもらったり、励まされ、お世話をかけたりしていますが。


お節介人のこう言う手の差し伸べ方も。アリかな・・・なんて思っている。


私はきっと一生お節介人にはなれないし、実際ならなくていいだろ とも思っているけれど。


優しくした~~~~~~い!!!!!


私は何かしたいんだ~~~~~~


って心が止められないと言うことは、美しいことなのかもしれません。


気づいたら一週間、一方のお節介人が横浜に来ていました。


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やいやい言いながら毎日一緒にご飯を食べ(彼女が作り)


いいのいいの私暇だから!とお願いもしないウチに古本屋に行ってくれたり。

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そんなこんなで1週間が過ぎました。


お節介は美しい事ですと言いましたが。


勘違いもされやすいので気をつけて生きてください。


そして、少し言わせてもらえるならば。


たまには誰かからのお節介の受け手になってみるのも良いのではないでしょうか?


私的には少しは横浜の事も好きになってもらいたく、観光に行ったつもりですが・・・


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結局 九州の方がイイそうです・・・


勝手にしろ。