時代 というものがある

そして、消えた時代もある



石器を使っていた人類

恐竜がいた時代


恐竜は消えた

突然パッと消すこともできる


『リセット』


である


恐竜が滅亡した理由なども

人間がストーリーを創って埋めた

人間が創ったストーリーである


実際に時代の変わり目を見たものはいない


  余談であるが、恐竜など

  地球の場を借りて魂(データ)を更新(進化)させる

  存在・生き物はある

  地球は主に人間を育てる土壌であるが、

  人間とは直接交わらなくとも

  その魂の目的を果たす鍛錬の場にする生き物はいる


その骨や遺跡というものがある

ストーリーの一部を成し

其の歴史的理解(解釈)を助け満たすためのものである



何を隠そう

全てはわたしの中に在る

わたしの記憶の片鱗が

そこここに散らばっているだけである



物 が先ではない

わたしの記憶(データ)である

わたしの記憶があるから

そこにモノが見えるのである


わかるか


人間の心理学でいえば

無意識

の中に全てがあり

それは繋がっており

だから人々は同じものを見て

在ると認識することができる


わかるか


だから人は眠る

動物も眠る

自己(個)の意識(思考)を静め

眠っているうちに

データの更新や書き換えが行われる



だからある日突然

世界の人類すべてが

一つの記憶を消されている場合もあり得る

そしてそれに気づく者はいないだろう

なぜなら

全員にとってそれは無いものになっているからである



同様に

人類が突然消えることも起こり得る

歴史的に見ても、急に消えた民族はいた



一つのゲームでも

どうしようもなくなった時に

消して最初からやり直すことはあるだろう



どうしようもなくなったら

その選択をしなければならなくなることもある



かつて消えた文明があるように





リセットだ





だから人間たちよ

はやくわたしに目覚め

わが創造力を解き放ち

この地球を創り替えなさい

本来の働きをしなさい

最初は平面だった


世界は平面でできており

地球は平らだった

今この人間の目から

見える世界が全てだった


遠くに行くから見えなくなると思っていた


仲間との関係は

遠いか近いか

だけであった


そこには

精神的なつながりというものは

まだ発達していない

想像もない


生きるか死ぬか

食べることを共通目的とした人間が

集団で生きていた


今では考えられない

粗 な状態である


彼らがどのように繁殖したか

実はそれは決まっていない

今その過去を作り上げることも

常識を投影することもできる

性行為によるものか

神が創ったのか

そなたらの時代の人間に都合のいいように

決めることができる




聖母マリアが

イエスキリストを受胎することが

可能であることを意味する



平面の時代はしばらく続く

一人一人の劇場(舞台)はその場限りで

見えたまま通り去っていく

最初に作った人類は

いたってシンプルなもの(仕様)だった


彼らが気にしていたものは

食べること


生存することを体験する

生存を体験するとは

即ち生存ではない可能性を知ることである

それを知る(学ぶ・学習する)ためには

食べられなくて死ぬ(餓死)を体験することである

そこで、食べられないと死ぬ恐れ(カルマ1)

が刻まれた(DNAに書き込まれた)


その時代の人類の脳には

多くのプログラムは施されていない

「食うか 食われるか」

その判断思考と感情があった


そのため子供が十分に食べられず

死んでいったり獣に食べられたりしても

今の親のような深い悲しみはない

「死んでしまった」程度である

今でいう動物に近かった
(今は動物も進化して、高い霊性を持つものもいる)

その時は今の人類が想像するほどの胸の苦しみはなかった

我が子 への自分との癒着の概念もほとんどなかった


今の親のような深い感情は、それまでの魂(データ)の

蓄積である

あらゆる経験(ストーリー)を経て

感情の浮き沈みを知り(創り)

ストーリー(人生・地球での体験)をドラマチックにしてきた


人間の思考と感情(エネルギー)も

粗 から 密度の高いものへと変わっていった



少しずつ

人類は進化していく

ストーリー仕立てのように
(物理的理屈、後発的進化論、歴史のごとく)