遅ばせながら、やっと、書きます。。。
私は、今までの人生の中で、あんまり振り返りたくないエピソードが多々ある。具体的に述べよと言われれば、記憶力が悪いせいでぱっと出てこないかも知れないが、「その時の自分の感じた感覚」は、バッチリ覚えている。
例えば。
自分の失言によって友達を傷つけてしまったこと、疎遠になってしまったこと。変な恋愛?をしたり、今考えるとくそだなあって思う人に一瞬でも心が傾いたことだったり。他にも、公の場で明かすのは抵抗あることが、もろ、もろ、もろ。
若かったんだと思う。
もうひたすら若くて、経験値がなかったんだと思う。
でも私は別にそんな、私の過去のそれを隠したいとは思ってないし、よりよい自分が形成されるなかで必要不可欠だった過程だと思って受け入れている。だから、「消したい過去」だとは思ってないけど、ただやっぱり振り返ると、、、うわー、恥ずかしいー、あんまり振り返りたくないー、ってなる。
ずばっと言ってしまうと私にとっての発表会は、まさにその部類に入るものになってしまった。
そもそも、全ての人の目線が全部自分(付近)に向いてることに慣れてなくて、自分の心の緊張は多少コントロール出来てたけど体が勝手に緊張モードになっていて、笑うと唇が勝手に震えてたり顔の筋肉が言うことをきかない状態だった。それに便乗して心もうわついた状態になっていて、ずっとしばらく自分が自分じゃなく、心がすわっていない状態、上っ面のうわべの自分で芝居している状態が続いた。
その呪縛?が溶けたのが、まなのいじめのシーン。言葉にちゃんと重みがあって私にはどっしりしてみえたまなを見て、はっと我に返らされた。
「やばい。このまま終われば私100%一生後悔する。」
そこからがやっと自分が本腰入れてやれた部分で、観に来てくださった知り合いの方々に「どうだったですか?」と聞きたかったのはダメだししてもらいたかったのは、本当はそれ以降の部分だったけど、、、。やっぱりそんな都合よく観てもらえる訳はなく。
世一先生の、「どんなに宿題を頑張ってやったとしても、結局終わってなければそれはやってなかったことと同じになるんだ」みたいな言葉が思い出されて、「結局本番で出来なければそれ以前にいくら出来てもそれは出来ないということと同じだ」ということを再認識させられた。
そしてもう一つ思ったこと。冒頭のシーン。あんなにあんなにあんなに頑張ったのにぶつかりあって和解してやっとこ自然な流れまで持っていってよしってなって上手くいけるかと思ったのにカメラ写んないせいで全部パアかーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!!
と、いう話は置いといて。(笑)(涙)
なにはともあれ、トラブルは起きた。
その時、自分は、「これはトラブルです。私の演技力とは別個の問題です。わかりますよね?」アピールをした。
このトラブルも含めて自分のパフォーマンス(?)だ、という意識ではなく、このトラブルは私のせいじゃないです責任対象外のものですなのでこの公演を評価するときにはすっぽりここを抜いて考えてくださいね、という意識が働いた。
これをどうやって上手く誤魔化すか?、より、これをどうやって上手く誤魔化さないか?、を選んで行動した。
これは4月の日舞の発表会にも当てはまることで、踊りのふりをちゃんと覚えてなかった私は、ふりがわからない所はわざわざ顔にだして、「ごめんなさいここはわかんないです」アピールをした。
そうやって逃げる方の選択を瞬時にしてしまう自分を、改めて再確認させられた。
ここまでがおおまかにいって私が発表会を通して気づかさせられたものだけど、、。
私にとっての発表会は。
得られたもの勉強になったもの糧になったものは沢っ山あったけど、
どう考えても私は「でもなんだかんだ感謝な発表会でしたちゃんちゃん」とはまとめられなくて、だから発表会の感想もなかなか書けなかったし、久保庭さん仲谷さん中所さん方はすごく忙しい中観に来ていただいたのにすごく申し訳なく思ったし、辛口評価は言われる前から当然そんなようなことを言われるだろうなあとは思っていた。けどただその非難の矢が世一先生に向いたのは予想外のことだったから、先生の指導が悪い訳じゃないのにって思ってすごく悔しくなって泣いた。
それだけじゃなくてももっと上手くやれたのにっていうなんか悔しさとやりきれなさでいっぱいでとりあえずあんまり振り返りたくなくて、当時アメリカにいたお母さんにも発表会の映像見せてないし逆に親見れなくてよかったなあとは思っていたりする。
でも、公演?し終わった直後からの「ああこんなものをみせてしまってごめんなさいああボロクソ言われるもうやだごめんなさい」みたいな罪悪感のような気持ちが大きかった分、本家さんととしさんがとりあえずお疲れ様といいながらしてくれたハグが、とっても暖かく思えて幸せだった。今思い返してもちょっとうるっとくる程。。
ああこんなにダメでも家族みたいに受け入れて見守ってもらえる先輩方が、このやっとスタート地点にたてた時点でもうすでに自分に与えられてるってことに感謝だし、お疲れと言ってくださった方にも辛口アドバイスをしてくださった方にも、とりあえずとっても底辺の私を観てもらえたからこそこれから伸びれば伸びるほどその差をみてもらえるんだと思うと、見ていてくださいという感じでやる気がでる。
。。のに、それだけしか頑張れないのかと怒られてしまう私は問題児なんですけど。。ね。。。
大丈夫。
日々前進しているはずです。
頑張るのよ。
うぉんじ氏。
きゅん
そう、でもでも発表会一緒に経験出来たそのおんにたちだけは、本当にプラスの私の得たものです。*^^*
ん?
全部プラスに得たものだけど、、その中でも明るい得たものと暗い得たものに分けられるとしたら、明るい得たものです。ということです。意味わかんないですね。。もういいです。うだうだうだうだ。。長いんだよ感想が。。。
終わりにします!!!!!
観に来ていただいて本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!!!
-end-
私は、今までの人生の中で、あんまり振り返りたくないエピソードが多々ある。具体的に述べよと言われれば、記憶力が悪いせいでぱっと出てこないかも知れないが、「その時の自分の感じた感覚」は、バッチリ覚えている。
例えば。
自分の失言によって友達を傷つけてしまったこと、疎遠になってしまったこと。変な恋愛?をしたり、今考えるとくそだなあって思う人に一瞬でも心が傾いたことだったり。他にも、公の場で明かすのは抵抗あることが、もろ、もろ、もろ。
若かったんだと思う。
もうひたすら若くて、経験値がなかったんだと思う。
でも私は別にそんな、私の過去のそれを隠したいとは思ってないし、よりよい自分が形成されるなかで必要不可欠だった過程だと思って受け入れている。だから、「消したい過去」だとは思ってないけど、ただやっぱり振り返ると、、、うわー、恥ずかしいー、あんまり振り返りたくないー、ってなる。
ずばっと言ってしまうと私にとっての発表会は、まさにその部類に入るものになってしまった。
そもそも、全ての人の目線が全部自分(付近)に向いてることに慣れてなくて、自分の心の緊張は多少コントロール出来てたけど体が勝手に緊張モードになっていて、笑うと唇が勝手に震えてたり顔の筋肉が言うことをきかない状態だった。それに便乗して心もうわついた状態になっていて、ずっとしばらく自分が自分じゃなく、心がすわっていない状態、上っ面のうわべの自分で芝居している状態が続いた。
その呪縛?が溶けたのが、まなのいじめのシーン。言葉にちゃんと重みがあって私にはどっしりしてみえたまなを見て、はっと我に返らされた。
「やばい。このまま終われば私100%一生後悔する。」
そこからがやっと自分が本腰入れてやれた部分で、観に来てくださった知り合いの方々に「どうだったですか?」と聞きたかったのはダメだししてもらいたかったのは、本当はそれ以降の部分だったけど、、、。やっぱりそんな都合よく観てもらえる訳はなく。
世一先生の、「どんなに宿題を頑張ってやったとしても、結局終わってなければそれはやってなかったことと同じになるんだ」みたいな言葉が思い出されて、「結局本番で出来なければそれ以前にいくら出来てもそれは出来ないということと同じだ」ということを再認識させられた。
そしてもう一つ思ったこと。冒頭のシーン。あんなにあんなにあんなに頑張ったのにぶつかりあって和解してやっとこ自然な流れまで持っていってよしってなって上手くいけるかと思ったのにカメラ写んないせいで全部パアかーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!!
と、いう話は置いといて。(笑)(涙)
なにはともあれ、トラブルは起きた。
その時、自分は、「これはトラブルです。私の演技力とは別個の問題です。わかりますよね?」アピールをした。
このトラブルも含めて自分のパフォーマンス(?)だ、という意識ではなく、このトラブルは私のせいじゃないです責任対象外のものですなのでこの公演を評価するときにはすっぽりここを抜いて考えてくださいね、という意識が働いた。
これをどうやって上手く誤魔化すか?、より、これをどうやって上手く誤魔化さないか?、を選んで行動した。
これは4月の日舞の発表会にも当てはまることで、踊りのふりをちゃんと覚えてなかった私は、ふりがわからない所はわざわざ顔にだして、「ごめんなさいここはわかんないです」アピールをした。
そうやって逃げる方の選択を瞬時にしてしまう自分を、改めて再確認させられた。
ここまでがおおまかにいって私が発表会を通して気づかさせられたものだけど、、。
私にとっての発表会は。
得られたもの勉強になったもの糧になったものは沢っ山あったけど、
どう考えても私は「でもなんだかんだ感謝な発表会でしたちゃんちゃん」とはまとめられなくて、だから発表会の感想もなかなか書けなかったし、久保庭さん仲谷さん中所さん方はすごく忙しい中観に来ていただいたのにすごく申し訳なく思ったし、辛口評価は言われる前から当然そんなようなことを言われるだろうなあとは思っていた。けどただその非難の矢が世一先生に向いたのは予想外のことだったから、先生の指導が悪い訳じゃないのにって思ってすごく悔しくなって泣いた。
それだけじゃなくてももっと上手くやれたのにっていうなんか悔しさとやりきれなさでいっぱいでとりあえずあんまり振り返りたくなくて、当時アメリカにいたお母さんにも発表会の映像見せてないし逆に親見れなくてよかったなあとは思っていたりする。
でも、公演?し終わった直後からの「ああこんなものをみせてしまってごめんなさいああボロクソ言われるもうやだごめんなさい」みたいな罪悪感のような気持ちが大きかった分、本家さんととしさんがとりあえずお疲れ様といいながらしてくれたハグが、とっても暖かく思えて幸せだった。今思い返してもちょっとうるっとくる程。。
ああこんなにダメでも家族みたいに受け入れて見守ってもらえる先輩方が、このやっとスタート地点にたてた時点でもうすでに自分に与えられてるってことに感謝だし、お疲れと言ってくださった方にも辛口アドバイスをしてくださった方にも、とりあえずとっても底辺の私を観てもらえたからこそこれから伸びれば伸びるほどその差をみてもらえるんだと思うと、見ていてくださいという感じでやる気がでる。
。。のに、それだけしか頑張れないのかと怒られてしまう私は問題児なんですけど。。ね。。。
大丈夫。
日々前進しているはずです。
頑張るのよ。
うぉんじ氏。
きゅん
そう、でもでも発表会一緒に経験出来たそのおんにたちだけは、本当にプラスの私の得たものです。*^^*
ん?
全部プラスに得たものだけど、、その中でも明るい得たものと暗い得たものに分けられるとしたら、明るい得たものです。ということです。意味わかんないですね。。もういいです。うだうだうだうだ。。長いんだよ感想が。。。
終わりにします!!!!!
観に来ていただいて本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!!!
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