「公演をする期間」は不思議な力を持っている。


照明と音響が入ることによって今まで練習していた舞台が違って見えるように、舞台に立つその期間は私の人生に光と音楽をもたらしてくれるように感じる。




舞台に立つことを通して私は

母の日に改めてお母さんの愛を振り返るように、舞台の上で発揮出来る自分のレベルを見ながら私は私の成長を改めて振り返り、「私が舞台に立つ」ということによって来る人々の暖かい反応を見ながら私は改めて周りの人たちの大切さを振り返る。




私の公演は、私の人生に色をつけ、足跡をのこしてくれる瞬間だ。












「公演」自体もまた、不思議な力を持っている。


そこまでものすごく仲良かった訳でなくても、舞台に立つその瞬間以降には一緒に舞台に立ったその人たちがものすごく大切に感じるようになる。

そこまで死ぬほど熱心に練習した訳でなくても、舞台に立ったその日だけはものすごく大きな努力をしてきたという気持ちともう終わってしまうのかという切なさを感じるようになる。





だから私は、終わってから感じるその拡張された幸せに恥ずかしくないようにしたい気持ちがあったからこそ、日常の稽古のときから、仲間を愛したい気持ち、自分の役に恥ずかしくないように練習したい気持ちがあったんだということが整理できた。





しかし私は言語が完璧ではないことから来る恐れのせいで、ほとんど最後の段階になってこそ仲間や作品に情を注ぎだした自分の姿に、羞恥心を感じ反省している。






いつも人を愛し、いつもベストを尽くす俳優になりたい。








1年生の1学期。

<カササギの死>



とても幸せな時間だった。




遅刻ばかりし子供のような私に良くしてくれた…大切な仲間に感謝と愛を。