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山手線。

大都市東京を循環する。
一日に何周するのかは知らないけど、日本の公共交通機関が一日に走る距離の総計は地球何十周分だとか。
たった一日でこれだけの距離を走るわけだから空気が汚染されてもおかしくはない。

話は逸れたが、山手線は循環路線だ。目的地もないから、行き先欄には『山手線』と表示されている。

そう。
目的地のない列車。
ずっとゴールがない。
かなりヘヴィな列車だ。

それでも走り続ける。
何を楽しみにしているのか。
それでも走り続ける。

そう思うと僕らの人生は起伏に富んでいる。
右へ左へup and down。
素晴らしいき哉、人生。

山手線。
たぶん、帰庫がゴールなんだよね。マンネリ化した生き方によくにてる。

まぁそれはそれで悪くない。

そうそう、写真は山手線から秋葉原で乗り換えた総武線ですキラキラ
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勝つとか負けるじゃないものを語るとき、必ずと言っていいほど今の自分が勝者であるか敗者であるかによって、その語りの信憑性が分かれる。
物凄い矛盾。

オリジナルかどうかについては勝ち負けなんかないから、個性は存分に発揮していい。
臆することなく。



音符間違いとか後悔とか何度も繰り返すけど、あとどれくらい泣いたのなら強くなれる音符



福山が『少年』と言う歌の中で伝えてる。タイトルを少年にしたところがまた味わい。

その心を持ち合わせていても、もう少年ではないひとをターゲットか。少年ではないひとが聴くことで歌の中の少年と客観視した自身を重ね合わせて聴き手のあたりを柔らかくする効果がでる。

謀かどうかはわからないが、冷静に見つめ直す機会を与えてくれるのも事実。

福山だからの信憑性か。
この方、上京してから売れるまで苦労してる。環境には恵まれていたけど。


間違いや後悔は繰り返しても、その数は経験で少なくはできる。それでも間違えるし後悔もする。

そうなりたくないのは、自分の認識とのズレにより相手を認めず、自分の過ちにも言い訳をつけて間違いをごまかすこと。

なんとしてもこれだけは避けたい。
そう思う。


経験が豊富な方が陥りやすい穴。
私は周りに『先生』と呼ばれる方が多い中での仕事をしていることもあり、余計にそう感じる。

自己の存在の価値を上げるのは紛れもなく自身であり、
自身の存在を認めているのは紛れもなく他人である。
常に私たちは、いくつかのランダムな波を心の内に持っている。

その波が片方は上、片方は下とバランスをとってくれてる内はその力が相殺されて平常心を保つことができる。ただ、波全部が上だったり下だったりしてしまうことで、気分に浮き沈みが発生してしまう。

その波を落ち着かせるには休養が良策。お風呂のお湯を掻き回した後、荒れた湯水は放っておく事で静けさが訪れるように、休養によって心の静けさやバランスを保つことができる。

波は2つではない。大きい波と小さい波の中にもいくつもの波が存在している。

良いことと悪いこと。
爽快と不快。

ちょうどよく混ざりあってはじめてバランスがとれるんだ。

楽しすぎたお祭りの後の切なさ。反動はそんな風にもやってくる。
疲れたら休もう。
今ある難題を乗り越える事も大切ではあるけど、それを解決しないと壊れてしまうものがあるなら、単純に守るものはなにか、手ぶらになって考えよう。


敵を侮るなかれ。
でも難しくはない。

敵は自分の中にある。