<< 菩 薩 犬 >>
大震災被災地の福島に、
命を賭けて家族を護った犬がいる。
その名を「ゴン太」という。
人間の家族は、
震災時の切迫した事情により避難した。
ゴン太を家に残していく時、心から詫びたという。
ゴン太は寂しそうに肩を落とし、うなだれたという。
「僕も連れてってよ!!」と駄駄をこねることも無く、
ただ寂しくうつむいて主人の言葉を受け止めたのだろう。
だがいよいよ飼主一家が車で去る時、
ゴン太は車を追って走り続けたという。
それが最後の別れになるような、
そんな予感が胸に満ち、
ただただ慕情で走り続けたのだろう。
やがて車は見えなくなり、そしてゴン太は家に戻った。
犬の第六感は、人間の比では無い。
ゴン太は、これから始まる過酷極まる試練を、
その第六感で鋭く感じ取っていただろう。
犬は、そのくらいの感応は朝飯前なのである。
だがゴン太はその迫り来る試練に身震いしながらも、
自分の使命を放棄して逃げるつもりは微塵も無かった。
ゴン太の使命は、家族たちを護ることであった。
その家族たちというのは、家の家畜たちのことである。
生後一週間でこの家に来たというゴン太にとって、
この家の命たちは、皆が家族であった。
人間にとっては家畜に過ぎなくとも、
ゴン太にとっては家族であったのだろう。
家には、牛たちと鶏たちが居たようだ。
やがて空腹と渇きが始まり激しい飢えに変わり、
そして牛たちは死んでいったようである。
ゴン太には耐え難い悲しみだっただろう。
だがまだ鶏たちが居る。
なんとかして鶏たちを護らねばと、
ゴン太は孤独な守護者として覚悟の中にいた。
普通なら、鶏を食って生き延びるのである。
犬は元来は、肉食狩猟獣なのである。
目の前に御馳走が居るのである。
自分が飢えることなく、生き延びられるのである。
だがゴン太は、食わなかったのだ。
なぜならば、家族であったからである。
食わないどころか、ゴン太は守護者になったのである。
多くの人は、こう解釈するだろう。
「番犬本能で家を護ったのだ」と。
「忠義心で飼主の所有物を護ったのだ」と。
だがゴン太の場合は、それだけでは無い。
ゴン太は、「家族」を護ったのである。
その使命に、ゴン太は命を賭けたのである。
たった独りの、孤独で壮絶な闘いが始まった。
周辺の犬たちは、皆が飢えきっていた。
繋がれたままに死んでいった犬も多いようだ。
二日や三日の話では無いのである。
もっともっと、ずっと長い期間に於いて、
犬たちは耐えに耐えてきたのである。
人人は皆、避難してしまったのである。
限界の中を、犬たちは彷徨っていたのである。
そこに鶏の気配を発見すれば、
当然ながら犬たちは、そこに向かう。
生き延びる使命のために、
犬たちは鶏を食わねばならないのだ。
ゴン太の家に、いよいよ犬たちが迫った。
そしてゴン太は、
文字通りの命懸けで闘ったのである。
そこに是非など存在しない。
両者ともに、それぞれの立場があり、
両者ともに、それぞれの事情があったのである。
ゴン太は、瀕死の重傷を負った。
身体中に、深い裂傷を負った。
だがゴン太は、不屈だった。
その不屈の気力が、ゴン太を救った。
もしゴン太が諦めたなら、彼は殺されていただろう。
ゴン太の不撓不屈の気力に、
犬たちが暗黙の敬意を表したのである。
犬たちは勝負を諦めたのでは無く、
極限の中でゴン太の気力を認めたのである。
そういうことが、野性界ではあるのだ。
野性界は、ただ殺す殺されるの世界では無いのだ。
だがそれでも、ゴン太は重態となった。
耐え難い痛みと衰弱の中で、
それでもゴン太は、声も洩らさず頑張った。
弱音を吐けば、鶏たちを護ることができなくなる。
その弱音は、外界に敏感に伝わってしまうからだ。
ゴン太はそれを、知っていたのである。
ゴン太は、「もみ殻」を食っていたという。
本来肉食獣のゴン太が、「もみ殻」を食っていた。
「もみ殻」など食ったところで、気休めにもならないだろうに。
普通なら、喉も通らないだろうに。
つまりそれほどまでに、飢えていたということだ。
それほど飢えても、鶏を食わなかったということだ。
家族と思えばとことんに、家族だったのだ。
ゴン太は家族を、食えなかったのである。
人は時に、「たかが犬」と言う。
人は時に、「所詮は犬」と言う。
人は時に、「犬畜生」と言う。
私は、そうは思わない。
一度たりとも、思ったことはない。
犬は、光り輝く犬である。
犬という、光り輝く命である。
犬は、時に菩薩の境地を見せてくれる。
ゴン太はその時、菩薩であった。
己の死を覚悟して他者を護ったのだ。
鶏という異種族の命を、命を賭けて護ったのだ。
*** 南無華厳大悲界 ***
ゴン太君は幸いにも、
犬猫レスキューの人に助けられた。
その模様は、その人のブログに書かれている。
そしてその被災動物救護活動が、出版されたようである。
「ゴン太、ごめんね、もう大丈夫だよ!」という本である。
私はまだ読んでいないが、ぜひ読みたい。
なおこのゴン太君のことは、
「rimi」さんという方の記事から知った。
rimiさん、ありがとうございます。
実際に救護した本人の記事は、以下のアドレスである。
勇気に満ちた行動力の人である。
ありがとうございます。
※ゴン太君の写真もお借りした。
傷ついたその勇姿が、ただただ胸を打つ。
「福島原発20キロ圏内 犬猫救出プロジェクト」さま。
なおゴン太君は、まだ入院中のようだが、随分と回復したようだ。
<診断では絶望的なまでのダメージだったようだ>
ただ、未だ精神的ショックは続いているようだ。
それは、ごくごく当然の話である。
たった独りで、極限の中を闘い続けたのだから。
だから精神的な回復には、しばらく時間がかかるだろう。
「時間」が、必要なのである。
こういう場合には、環境の配慮と共に、時間が必要である。
■南無華厳 狼山道院■
≪ 2011:07:27 ≫