<< 狼 山 日 課 >>
日課は、毎日続く。
その日課で最も基本は、犬たちの世話である。
何があろうとも、これだけは欠かせない。
これを欠かせば、全てが嘘になる。
犬たちばかりか、己を欺くことになる。
だからなんとしてでも、これを実行する。
だからこれは、狼山の重大な「勤行」である。
毎日毎日、延延と続く。
毎日毎日、五時間くらいは掛かる。
「山行」の時間を入れれば、さらに長時間となる。
犬舎清掃。施設補修。冬期には除雪。
そして運動。そして給食。そして山行。
多数の犬たちの安全と健康を護っていくには、
毎日毎日、日課を実行していくしかない。
仕事に行く前に朝の日課。
仕事から帰ってから夜の日課。
疲れ果てている日には、気持ちも沈む。
今からあの「大躍動」が始まるかと思うと、気持ちが怯む。
だから犬たちの世話を開始する時には、暫く瞑目する。
暫く瞑目し、心を鎮め、心を急速充電する。
いい加減な気持ちで臨むことは許されないから、
真剣勝負で犬たちに臨まねばならないから、
暫く瞑目して心の力を回復させるのだ。
「こんな生活が、なんになるというのか??」
「一銭の金にもならないことを続けて、なんになるのか??」
そのように人から言われ続けてきた。
言われ続けてきたが、一度も迷ったことが無い。
どういうわけか、確信に満ち満ちているのである。
この道が、重大な意義を持つことを、確信しているのだ。
だから、どんなに苦しくとも、どんなに疲れ果てても、
この道のこの勤行を、疎かにするわけにはいかない。
この勤行は、家族の犬たちのためだけでは無い。
全世界の動物たちのために、この勤行を実践する。
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<< いちじょういっさいじょう いっけんいっさいけん >>
まずは家族の犬たちを護り、
そして全世界の動物たちを想う。
家族の犬たちを祈り、全世界の動物たちを祈る。
そうすると、犬たちが教えてくれるのである。
そうすると犬たちが、いろんなことを教えてくれるのである。
狼と犬たちが教えてくれたことを、このブログに書いてきた。
このブログは、野性界動物寺の、命の伝言である。
やがてまた零下20度の冬が来る。
やがてまた雪に覆われた白銀の森となる。
いつ書けなくなるかも知れないから、睡眠を削って書いてきた。
誰かの参考になれれば、それで本望である。
何かの参考になれれば、それで本望である。
いつかこの世が、動物たちへの祈りに満ちることを、信じている。
森の犬舎に、華厳の経文を貼ってある。
ところが、この経文の張り紙が、不思議なのだ。
この張り紙が、光るのである。
いつもいつもという訳では無いのだが、
夜の闇の中で、淡く光って浮かび上がるのである。
時にはその張り紙の辺りに、いくつもの小さな光が現われて、
ゆっくりゆっくりと中空を漂っていることもある。
そんな時は、「重い羽ばたきの音」が聞こえたりもする。
「羽ばたきの重い振動」が、辺りの空気を揺るがす。
それは本当に、大きな大きな「羽ばたき」なのである。
いつも、犬たちの世話が終わると、
私は犬舎の前に坐り、犬たちの前で、野性禅に入る。
そこに入る前に、じっとその張り紙を見つめる。
それを見つめていると、なぜだか涙が溢れる。
佛の大悲を、ひしひしと感じるのだ。
夜の森の蒼い闇の中で、犬舎の前に座る時、
犬たちとともに華厳の野性禅に入る時、
それは一日が終わる時なのだが、
その時いつも、初心に帰る。
外界で仕事して、どんなに荒波に揉まれても、
ここに坐れば、初心に帰れる。
華厳の二字を胸に刻んで、全世界の動物たちを想う。
全世界の動物たちを、華厳心で祈る。
華厳を信じるとか信じないとか、そういう話では無い。
華厳頼みとか佛頼みとか、そういう話では無い。
我我は、華厳とともに生きている。
華厳と一体となって生きている。
それが我我の初心である。
初心に帰り、そして狼山の一日を終える。
そして明日は、また新たな別世界に突入するのだ。
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■南無華厳 狼山道院■
≪ 2011:09:12 ≫