今日はおもちゃをなんとか、しよう!
でっかいダンボール箱につめこんでいたので、何が何やらわからなくなっていたから、
入れるところを作らないと、と、まず、ニトリへ。

子供部屋収納用品も安くてカワイイものがいっぱい!
ここで、かわいいからと余計なモノを買うとまた増えるのでガマン、ガマン。

バッグや上着をかけるポールハンガー、おもちゃをいれるかごとそれ専用のワイヤーシェルフ(小さくてかわいいんです。これが。)

(恐らくダンボールでできている)収納ベンチ。箱なんだけどフタの部分がクッションになっていて、ベンチになる箱を購入。

今までだと、買い物から帰ってきたら、それを置いたままで家事をしていると、もうメンドウになって結局モノが増えて
終わりということが多々あったのでここは、ひとつ重い腰をあげてそれらを組み立てて、
次はいるもの、いらないものの分別。

ただ、今それが途中で終わってしまったので部屋の中は以前より乱雑に・・・・。

一部ですがいるものいらないものを分けることができたので、これも少しづつやっていこうと思います。

それと洗濯物の一時保管場所として個人個人のカゴつくっておけばソファの上が洗濯物の山ということに
ならないとネットの整理整頓のホームページに書いてたので、うちでもやってみようとカゴも購入。

これはいい感じです。洗濯物って洗濯して、乾燥機に入れたり乾してとりこむのはいいけど、
それぞれのタンスにしまうのがめんどくさい。

でもこれだと、カゴごとそれぞれの場所に移動できるのでいいかもです。

今週はおもちゃ整理!

あきやすいワタシだががんばれるか?



こんなにハマるものは久しぶり、それはピグライフ。
お庭で出会う人と少しづつ話をするうちに、なんか話しやすい人ってでてきますね。
同じアニメ好きな人、以外にも近くに住んでいた人だったり。

基本人見知りのワタシには、不思議な、新しい感じです。

そしてウレシイ。

みなさん、今後ともよろしくお願いします。(^^)
とにかく、しんどかった。精神が。(変な表現(笑))
何かしらいつも不安で、自分に自信がなかった。
何かに失敗しても「やっぱり」「こんな私は失敗して当然、不幸になって当然」

苦しくて、なぜ自分はそうなんだろうと考えるようになった。
同じような状況にあっても、ほかの人はフツーに対処し、解決し、自信にあふれているように見えたから。

きっかけは20代の半ばにうけた会社の自己啓発セミナー。自己を知るという内容から。

それからいろんな本を読みまくったよ。
その中の1つにAC(アダルトチルドレン)があった。

アダルトチルドレン
「機能不全の家庭で育ったため、大人になっても対人関係等がうまく築けず、生き辛さをもっている人」
機能不全とは肉体的、精神的暴力、性的暴力などによる苦痛が常にある家庭のことで、
そのような環境に常におかれると子供は自分が悪いからそうなっていると自分を責め続けるようになり、自分に自信がもてず、自己評価が低くなる。また自分を許せなくなる、自分が嫌いになる・・・こんなような内容。

そのような状況を脱するためには、傷ついたままの自分の中にいる子供時代の自分をみつけて、癒し、許す
ことが大切だというものでした。

祖母、祖父との関係
私は祖父母から嫌われていた、少なくとも好かれてはいなかった。なぜなのかはわからない。
2歳下の弟がかわいくて仕方がなかったようだ。
本当に小さいころ(4~5歳?)弟がかりっと音をたててお菓子を食べるのがかわいいかわいいといって目を細めていた。自分も同じように言ってもらいたくて、同じようにしたけどチラッと見ただけで無視されたのを覚えています。
お小遣いも弟だけにいつもこっそりあげていた。

祖母はいつも食事どき、小学校低学年の私にむかって「ばあちゃんはあんたらの女中じゃない」といってた。
小学生の私はどうしていいかわからなかったけど、きっと自分のことが嫌いだから、ご飯をつくるのがイヤなんだと
思っていました。

いつも私をみていて、父からのおみやげの受け取り方が悪いとか、甘えた声を出して!とか、イヤミばっかり。
ばあちゃんが死んだら化けて出て、冷たい手でなでまわしてやるとまで、言われたこともありました。
ので、多分、こうなったのは祖父母との関係が大きいだろうと考えていました。

そんことを考えながらも、何かがきっかけがあると、精神的にツラくなり、不安でしょうがなくなるといった事を
繰り返していたとき、知人に精神科のお医者さん紹介してもらって、何回か通っているうち、上記のようなことをDrに話してみたところ、なんかおかしいと。母子関係についてたずねられました。

母との関係 母にとって恥ずかしい子供。

共働きで忙しかったから、基本ほったらかし(笑)
宿題をみてもらったこともないし、学校で何があったかきかれたこともない。運動会や、参観日もあまり来てもらったことない。(運動会はいつも教室でお弁当)、それが当たり前だったから別になんとも思わなかったし。

でも、そんなことじゃなくて、私が怖かったのは言葉の暴力、存在の否定・・・。
私からケンカを売るようなことはなかったので、多分何か気に入らないことがあったときに、感情の赴くままに
ヒドイことばを投げつけられた・・。

「あんたはなあ、ズルいんよ」(!!今思えばだらしないという意味だったかも)
3年生の参観日、先生に指名されうまく答えられなかったとき、うちに帰って「はずかしい!もう絶対に参観日は
いかん」→本当にこなかったと思う。

5年生の時、誕生日会を計画した。友達を呼びたくて、自分も呼んでもらったし・・・。
しかし当日些細なことでけんかになり、(当時母は隣県に単身赴任していた)勝手にすればいいといって、赴任先へ帰ってしまった。泣きながらつくったホットケーキとうまく泡立たなかったホイップクリームだけだしたな。
友達のとこでは、手作りのケーキや料理、ゲームをして、おみやげまで持たせてくれた。自分もそうしてみたかったんだよ。

高校の入学時に家庭の環境についての質問表を記入してもらうとき、機嫌が悪くて「小心者だが、図太い」と書かれたっけ。
その高校はまああまりレベルの高い方ではなかったから。「○○高校なんか、恥ずかしいから、入学式なんか
いかん」と。まあ小学校の卒業式から中学の入学、卒業式もきたことなかったから、来ないこと自体は平気
だったけど・・・。
「どうせ、あんたなんか」といつも言われていたよ。「あんたなんか」って。

ワタシは必要のない人間。

見捨てられ不安 ;無関心もまた、ネグレスト(育児放棄)だ・・・。
物心ついたときには、見捨てられるのが不安じゃなくて見捨てられていることがあたりまえだった。

忙しくて、いつも疲れていたのかもしれない。
子供に対して愛情の表現が下手だったのかもしれない。
同じような事いわれいても、受け取りようがちがうと、こんなじゃなかったのかもしれない。
生活には不自由はなかった。
出来の悪い私でも大学にいかせてもらった。
そんなにしてもらって不満をいうのかと、非難されても仕方ないかも知れません。
自分のだらしなさ、未熟さを家庭のせいにしているだけなんだろうか。

「原因はわかったのだから、いつまでもお母さんをせめていても仕方がない」とDrは言った。
「自分が悪いわけじゃない、あなたは愛されて、認められてもいい存在なのですよ」といわれても
そういわれても、原因を追究して、わかったからもう大丈夫というふうには割り切れない、傷ついた心は簡単には癒えないのですよ。忘れることは、出来ない。
事あるごとに、自信のなさがちらつき、不安が襲ってくるのです。

どっか遠くに行ってしまいたい、他人と接することのないところに。
これは今も時々私を襲ってくる不安から逃れたいとき。

重たい
ハナシでごめんなさい。
文章にすると、重たいですねえ。でもいろんな考えが、まとまってくる。

こんな心の葛藤があって、でも今は少し違う。少し前に進めてると思う。