夫の風俗利用は浮気だと断言してみる -46ページ目

背反アンビバレンス (例えば裏の裏が表であるような)

前ブログからのお引越し記事。


たぶん男性人にとってはムカつくことが書いてあるから、読まないほうがいいですよ。

あくまでもボヤキです。

オッケーだったらスクロールがんばってε=(。・д・。)ヨシ!










よく聞く言葉。



「オトコは溜まるから出さなくちゃいけない」

「風俗行くのはしょうがないんだよ」

「だって出す行為はオトコの本能だし。だから風俗行くわけだし・・・・」




  はぁ?( °д°)アホか。




ほんと、これは幼稚なオトコの言い訳ですよ。

確かに女には、オトコの出したいとかヤリたいっていう気持ちはわかりません。

でも出すだけなら別に風俗行かなくてもいいんじゃない?右手で十分。

すべての人が風俗に行くなって言ってるわけではあまりません。

(独り身の人は行けばいいし、もっと手広く言うなら、他人はどうでもいいけれど)



少なくても、妻や彼女がいるオトコ共。

よく聞いておけ。

絶対にバレないなんていうのは絶対にない!!(うちの主人はその点でタカをくくっていたから)



大体まず人間に「本能」という言葉を当てはめること事態が間違ってるって。

ちょっと難しい話になりますが、人間の本能というものを精神分析学者のフロイト論を考えながら検証したいと思います。

フロイトはもともと、ヒステリーだったりエディプスコンプレックス(この言葉は彼の死後に彼を皮肉った言葉)の何かというものを定説した人だったんだけれど、この人の面白いことが人間の心、つまり精神世界を三つの階級に分けたところにありました。



「意識」

「前意識」

「無意識」



さらに彼は意識と無意識を、三つの概念によって作用するものだと唱えました。

それが「イド」と「スーパーエゴ」

イドは欲求や衝動(人間の動物的な本能の部分)

スーパーエゴ(超自我とも言われている)は道徳、倫理といった意識。つまり自己規制を自我に伝えるもの。

意識は、イドの欲求、スーパーエゴの規制を受け取り、現実に適応しようとするものです。



そしてココからはわたし個人の考え。

動物と人間の決定的な違いは、イドとスーパーエゴのボーダーライン

動物は本能で動きますが、人間は違いますよね?

人間には社会生活がある。それ故に法律や規則や道徳や倫理が必要となってくる。

でも動物には社会生活なんてものは存在しないので、「食べる、眠る、生殖活動・・・等」それらを規制する必要はありません。

本来の人間は本能のままに行動する動物だったのかもしれませんが、社会生活を送りコミュニティを築くようになればそうは行きません。



「だって出す行為はオトコの本能だし。だから風俗行くわけだし・・・・」



わたしも最初、この考えは納得いきました。(しぶしぶね)

でもよく考えればちょっと違うんじゃない?って思います。こんなのは自分の都合のいいように言い訳しているだけ。あんたら種馬かよ。



それにねー、男の「溜まるから出す」っていうのは、ちょっと間違いが入ってる。

男の精子は作られる。←これは正解。

けれど、溜まるっていうのは嘘。

正確には、精子は常にどんどん作られているけれど、古いものは分解されて、身体に吸収されているのです。

だから「男は溜まるから、出したくなることは仕方ないんだよ(◎`ε´◎ )」

っていうのは、間違い。

つーか、ただ単に言い訳ね。



例えば妻や彼女がいたら、彼女たちを悲しませる行為は慎むべきでは?

それでもこの言葉が正しいというのであれば、オンナにも言えることはあるんですよ。





「オンナはよりよいDNAを求めて、いいオトコとセックスする」





ってね。

だってコレも本能でしょ。





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