何か自分の中を通り抜けた

それは
孤独だ。

通り抜ける前までは
良いのか
悪いのか
判断出来ない。

簡単な言葉ど言えば、「孤独」って言って良いだろうか
ほんとに通り抜けた後は、良いも悪いもない。

二分化はなくなるのではないかと
私は思う。

自分の中を通り抜けるには、入口突破が困難だ。
まずは否定の壁が第一喚問。

通り抜る、そのものに対しての否定、
それから、
自分に対しての否定。

ドツボにはまると、
意外にも抜けるのは困難だ。
他人には、その困難を理解するのは困難だ。
いや、理解は出来ても、
いくら言葉や想像は出来ても、
その、本人しか
実感は出来ない。

人の立場になって、優しさを。

孤独を忘れずに、自分の幸せを噛み締めればいい。

それが良い。
表と裏

二つの名称がつけられてるが、
どちらも一つだ
同じものだ。

誰が
どっちを表
どっちを裏と決めるのだろうか。

きっと
多くを占める方を表と言い、
少ない方を裏と呼ぶ

表裏無い
と言うのは、
きっと二つある性質を
どっちも一つと認めているだけだ。

勝手に誰かが決めている。勝手に自分が決めている。
どちらも同じもの。

暗い映画館の中で
エンドロールを見ていると落ち着く。

今日見た映画で、
「ものすごくうるさくて ありえないほどちかい」

矛盾言語を出し合う会話がされていた。

近くて遠い
見えないものを見る
とかね。

世の中には
矛盾だらけで
アプローチの仕方で
全ては正しく、全て間違ってるともいえる。
私は
意外にも、
人から見られてるより、
そして
自分が思ってるより、
気ぃつかいぃである。

と、思う。

他人を気にせず、
好きなように振る舞えたら、
どんなに楽であろうか。
人が傷つくかな、
とか、
自分が口出す領域じゃないかな、
とか、
他人から見た、
自分の体裁を気にしてしまう。
人を気にした、自分の言動に
後悔したりする。

バカバカしくもなったり、
当然なことでもあり、

しかし、確固たる自分がないことに嫌気がする。

でも、そこが
自分らしさなのか。な。
と、慰めに思ってみたり。
個性ある人たちの先頭に立って仕事してる、今の職業は
性格的にはちょっと面倒臭いガーン

常識を気にしない、完璧な変人に思われたい。

そしたら、みんな、変人だから仕方ない、って
諦めて許してくれる。

今の私は、半端に変人だろう。

まぁ、完璧な変人であったら、あったで、
そこで、無くすことも、
多多、あるだろうが…。


何もかも、忘れて、
冬の白い寒空の下、
いつまでも、
ただただ、歩いていたい
と思ったりした。

破壊的な気持ちになったりもする。

周りから見たら、
女の子が
てくてく、
歩いているようにしか、
見えないだろうが。