陣痛が始まって7時間ほど経ったお昼時に本格的に痛くなってきた。
まだ子宮口が全開では無いので、いきまないで下さいねと念を押され、上手に息を逃す方法を助産師さんから教えてもらった。
母はずっと背中をさすってくれ、さすって貰わないと辛い状況がずっと続いた。
お昼の2時を回ったくらいで、このままですと夜までには生まれるよ、がんばろうねと声をかけてもらえた。
正直、めちゃくちゃしんどい状況でいつ終わるかも分からない状況なので、この言葉は私の救いになった・・・がこの後『なんで!!!!』という状況にもなった。
陣痛が始まって約12時間ほど経った夕方、私の体力はヘロヘロだった。
とにかく、寝転がる事ができない。
立つことも座る事も辛くて、本当に痛い時は痛いという声も出せないほどい痛い。
食事も出されてもとても食べれる状況でもなく、仮眠を取る事もできなくてひたすら耐えた。
夕方になってもなかなか子宮口が全開にならなくて、陣痛促進剤を打った(朦朧としてのうろ覚えだが)
より一層強くなる陣痛に、夜には泣きたくなっていた。
そんな中、研修を終えた旦那がやっと病院へ来てくれた。
私の姿を見るなり、大丈夫か?と心配し、入れ替わる形で朝からずっと付いていてくれた母が一旦自宅へ帰り、交代してもらった。
交代して早々、旦那は私の姿を見て爆笑した。
入院が決まり支給されたfuraうろ覚え不織布の病院服は、母がずっと腰をさすり続けてくれたおかげで摩擦で破れ、下着が丸見えの状態だった。
大爆笑の旦那、それどころじゃない私。
けれどあまりにも笑う旦那に私も緊張がほぐれ、一緒に笑ってしまった。
けれども待ってくれないのが陣痛。
すぐに波がくると苦しむ私に頼りない旦那。
母とは違う所をさすり、違う!!!!とキレてしまう。
自宅で用事を済ませた母はすぐに病院へ戻ってきてくれた。
旦那は次の日も研修の為、ここで帰った。
また寂しさが溢れるが、そんなことよりも辛い身体のほうに神経がいく。
『夜には生まれます』と言われたのに全然生まれなかった。
体力が奪われ、陣痛も弱くなる。
『夜には生まれる』が『朝までには』に代わり、やがて朝の10時を回っても生まれなかった。
正直、前日の朝5時から一睡もできず、食べる事も横になる事すらできない身体はいくら20代前半の若い私でも心と身体が限界だった。
『今死ねるなら死んだ方がマシ・・・』と思ってしまった。
疲労から、赤ちゃんに会える楽しみよりも、この苦しみから逃れたい一心だった。
お昼も回り、13時台に突入してやっと分娩台にあがるように言われた。
分娩台に上がってからは楽勝だった。
禁止されてたいきみを出来るようになってからは陣痛も楽になった。
「せんせーーーーい!!!!う○こ漏れます!!!!漏れそう!!!!」
など言える余裕もあるくらい。
産む痛さも陣痛に比べたら屁でもない。
30分で生み落とし、私の33時間の苦しみは終わった。
よく、生まれた瞬間涙が出て・・・などと聞くが、私の場合は
『やっっっっっっっと終わった・・・』
心の底から安心したのが先で、赤ちゃんに会えた喜びはその次の感情でした。
ゴメン、娘・・・(後悔)