何度も来たいと願い、一度は近くまで来ながら泣く泣くあきらめていた母の家。
夕飯時である今、この門をくぐればきっと中に母がいる。
期待を胸に引き戸に手をかけて、ふと伯父の言葉が頭をよぎった。
「今お前が会いに行ったら、サエがその子よりもお前を可愛がると思うて気を良くせんかもしれん。ええか、サエがつらいんじゃぞ。」
今、もし自分が母を訪ねていったら…母がつらい思いをすることになるかもしれない。
幼い頃から大人の中で、大人の事情に合わせて生きていくしかなかったきみには、その言葉が充分理解できていた。
しばらく迷って、きみはその家に入ることはしなかった。
けれど…せめて…母の姿だけでも見ることはできないだろうか。
「庭か、台所の窓なら…もしかして…。」
そう思いながら家の周りを歩いてみたが、どこも塀に囲まれていて中をうかがい知ることはできそうになかった。
「お母さん…。」
家を一周してきみがあきらめかけていた時、裏手の方で木戸が開くような音がした。
反射的にきみは家の裏手へとむかった。
!!!!!!!
「あ!」
何かの用事ででてきたのか、そこにいたのは紛れもなく母・サエだった。
きみはどうしていいのかわからずにその場に立ち尽くした。
人の気配を感じた母が顔を上げる。
「あんた…きみ…ちゃん?!」
母も驚いて固まったようにきみを見つめていた。
「きみちゃん。」
母がもう一度きみの名前を呼ぶと、きみは咄嗟に踵を返して走り出そうとした。
なぜだかわからないけれど。本当は母に抱きついて行きたかったけれど…
きみの足は母とは反対の方向へ向かおうとしていた。
「きみちゃん、待って!」
その言葉にきみは足を止め、ゆっくりと振り返った。
「お母さん…お母さん!」
今度は迷いなく母の胸に飛び込んだきみだった。