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ルミエールで『廻り神楽』を見たあと、同じ映画館通りの中劇で『ゴッホ 最後の手紙』を見てきました。

両者に関連はないといえばない、あるといえば大ありでして、

なんと両方をハシゴした知人がふたり(ふたりはお互いを知らない)いまして、たぶん、ある種の人々には必須アミノ酸的な映画だったんじゃないかと。


「ゴッホ 最後の手紙」は

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(この絵も映画の中に出てました。もちろん現代の画家が模写した絵ですが)

「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」(東京都美術館/会期終了)でも映画に関連した油彩画が展示されていて、あー、見たいなーと思って、その後東京都写真美術館「無垢と経験の写真」を見に行ったら、ちょうど「ゴッホ 最後の手紙」を上映中だった。あっ…。


でももう帰りのチケットも取ってあるし、銀座のギャラリーに行くし、と諦めたんです。

が、息子が学校で「ゴッホ最後の手紙」の割引券だったか学校推薦映画の案内だかをもらったといい、盛岡で冬休みに見られるよ!と。

息子はゴッホがすきらしいです。意外だな。油彩画が映画になっているという試みに惹きつけられている、それはわかる。

予想以上によかったです。

油絵は半立体だと最近聞いてすごく納得したのですが、それで言ったら、半分クレイアニメのような感じでした。絵の枠の中で油絵の具が揺れているみたいな、いま絵の具が生々しく置かれていくというような…。

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MoMAで撮った「星月夜」。海外の美術館は、って海外の美術館はMoMAとシドニーの現代美術館しか入ったことがないんだが、写真撮影OKのところが多いそうです。うねうねした雲はマンガの技法である「かけ網」っぽくも思える。

水木しげるはピカソやダリやブリューゲルはすきだったみたいだがゴッホはどうだったのかな。

この絵を水木しげるの点描で描いたらどうなるかな。

映画を見たあとだからか、絵が動いて見える。



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『郵便配達夫ジョゼフ・ルーランの肖像』

この郵便配達夫の絵はいくつかのヴァージョンがあって、それがみんな紹介されているのも勉強になった。有名なタンギー爺さんの個人所蔵のヴァージョンも出ていたし…。

映画でこんな表現もできるのかという驚きと、
ゴッホの生涯についてやはり決してしあわせとは言いがたい、苦しみの方が多かったのではないかという人生なのに、

この映画のために力を貸した画家たちのパワーのせいなのか、見終わって重苦しい気持ちにはならなかったのです。

余談ですが、ヴィンセント(フィンセント)・ゴッホには死産した兄の名前が付けられたそうですが、

親の気持ちになってみれば、亡くなった子どもを不憫に思う気持ちがあり、次に生まれた子は前の子の残像という部分があるのかも。ゴッホ以外でも早世した兄の名前をつけられたという話は聞いたことがあります。

それを気にしない子もいれば、兄と自分は違う人格なのに、と苦い気持ちで育つ子もいるのかも。

映画の主題とは関係ないのですが、幼い頃の巻き毛が可愛いゴッホが親からあまり愛情をかけてもらってないようなのがチクチクしました。

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ところで動く絵画というか半クレイアニメーションのような画面を見ながら連想していたのは、

萬鐵五郎の「地震の印象」ですよ。

この絵はもしかしたら萬さんの頭の中では「ゴッホ 最後の手紙」の画面みたいにうねうね動いていたんじゃないかと。

親子関係、理解してもらえない苦しみ、人間関係、貧困。そんな苦しみの中で、画家になって8年で描いた絵は800枚。生前売れた絵はたった1枚。

ただ苦しみや悲しみが深かったとしても、それは人生の良し悪しとは関係がないのではないか。数が多ければ良いというものではないと思うけれど、800枚はやはりゴッホの並外れたエネルギーを感じる。

エネルギーのありったけを注いで斃れるようにして亡くなった人生は、それだけで尊敬に値する生き方ではないだろうか。