講師の前田富士男先生のご紹介のなかで、先ごろ閉館したカマキン、神奈川県立近代美術館の学芸員の経験もおありだったというあたりで、
あら、やっぱりきょうここに来たのは必然だったんだわだって私カマキンに行ってきたばかりだもん。最後の最後に。と思ったり、
講演の中で、
ドイツのホロコースト記念碑のお話もあり、「黄金のアデーレ」を思い出したりもしました。
専門はパウル・クレー、バウハウス系の作家ということで、かなり高度な哲学にちかいお話をなさっていたと
思うのですが、
話すリズムと夥しいといっていい画像や図の提示があり、さっきまで自宅でパンを焼いていました、
というような私でさえ、その言葉を聴いていてわからないということはなかったのでした。
聞きなれない言葉の中に、日常自分が体験していることを照らしあわせて考えれば、
あー、このことか、とわかる。
特に耳に残ったのは、形相と形態、相即ということでした。
相即とは、感覚、知覚を自分の行為の中にひきつけて考えることで、
『ゲシュタルト・クライス』の飛ぶ蝶を見ているときに視ている「私」と蝶の距離がなくなり
一体化している感覚。
最後に質疑応答の時間があり、きょうの講演のお礼と、「相即」という言葉に照らし合わせて、
今朝台所でみた百合の花の柱頭ににじむ粘性の液体に、ああ、花は植物の生殖器だなあと思って、
花が開いて、
きょう講演で伺った形態と相即という言葉を折に触れて思い出すと思います、
ということをお伝しました。
ほんとうに濃い、貴重なお話でした。