『重版出来』の中でずっとえがかれているのが、絵は並外れて下手ながらも、ストーリーづくりに溢れる才能を持つ中田伯君の成長。
無表情の上に対人スキルがまるでないのですが、先輩に対する姿勢や、お茶出しをする姿、
淡々としたように見えて、マンガ家になりたい、描きたいという情熱はつねに滾っている彼。
彼はアシスタントの先輩が残してくれた落語を聞きながら(お前の勉強になるから、と置いていってくれたのです。そしてその先輩の作品を誰より深く読み汲み取った中田君でした)、
才能があった先輩がなぜやめたのか、とぼんやりしています。中田君の才能に打ちのめされてやめたことを、他人の心の機微に疎い中田君は気づいていない。
中田君がアシスタントをしている三蔵山先生の奥さんは、善意の人ですが、中田君はお母さんに酷く捨てられた過去があって、自分のマンガを認めてくれた黒沢さん以外の女性、特に母親世代の女性には嫌悪感剥き出しです。
しかしこれはあまりにひどい。
中田君のアシスタントの先輩が厳しく注意します。中田君は悲惨な子ども時代を経たようですが、三蔵山先生のアシスタントに入ってからは、ひとに恵まれているくらいです。
先輩たちは中田君の才能に一目置きながらも、ふだんは先輩として接しているのですから。
先生の奥さんも、ちょっと善意全開すぎてうっとうしいひとだな、と思って読んできたのですが、
このコマで奥さんを軽くみていたことに気づかされました。奥さんはすべてわかって、それでも中田君を受け入れていたのではないかと。
奥さんは中田君が他人に辛辣なのは、臆病だからだと見抜いていたのでした。
「天才ではありませんよ」
という台詞の後に、
「怪物です」
三蔵山先生は中田君以上に彼の才能を信じているんです。
そして長い長い努力のあとについにもぎ取った連載。涙を流して伝える黒沢さんに対して、淡々ちしていた中田君が、電話を置いたあと叫び声をあげて、
初めてこんなに生き生きした中田君を見ました。
淡々として周りを傷つけても気にせず、どう考えても好かれるタイプのキャラクターではないのに、
中田君には応援したくなる一途さがありました。
さて、中田君には3人、アシスタントの先輩がいて、栗山さんはいちばん年も近く、中田君の薄い反応にもかかわらず、よく構っているほんとうにいい先輩です。
伯みたいな才能はないけれど、マンガでうけたい、女の子にモテたい、というほんとうにふつうの青年です。
web連載に浮ついたこともあったのですが、自分を見守ってくれていた担当さんに涙し、また三蔵山先生のもとに戻ってくることに。
同業の可愛い女の子とも知り合えて、栗山さんもめでたしめでたし、ということに。
中田君は別格ですが、三蔵山先生も栗山さんも、先にデビューした大塚さんも、とにかく『重版出来』に出てくる人たちは、
努力の二字を生きているように見えます。
努力しても報われないひともいますが、きちんと救われている場面も作っていて、
その視点も読んでいてホッとさせられます。
さて、中田君の連載は次巻では嵐を呼ぶのでしょうか。