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映画の予告編を見て、これはおもしろそう、と思ったらネットで他の人の感想を読んだりしないで劇場に行ってから、

あ、思っていたのと違った。

となることがほとんどです。

〈おやすみなさいを言いたくて〉も、母親と紛争地に飛ぶ報道カメラマンのどちらを選ぶのか、

という映画だと思っていました。

報道カメラマンのレベッカには二人の娘と海洋生物学者の夫がいて、海辺に近い家で穏やかに日々を暮らすことを選べないわけではない。

夫が近所の子供達に海洋生物(蟹だった)について、楽しく教えたあと、近所の大人たちとありふれた会話をかわしながら帰る、そんなひと時にさえ、

レベッカの生まれながらに持つ怒りは抑えられない。

彼女は怒りを写真を撮ることで表現してきたのだ。

長女は学校の課題で目立ちたいからという理由で、母の仕事について難民キャンプへ赴く。絶対安全な地帯だからという話だから引き受けたのだが、

そこに思いがけない武装派組織の攻撃があり、難民キャンプには銃声と叫び声が。

安全なところへ車で撤退しようという同僚の提案を断り、娘を頼む、と車に押し込んでレベッカはひとり、銃声の中へ走り、シャッターを切り続ける…。

レベッカも娘も無事だったけれど、このことを偶然知った夫は激怒し、

レベッカに出て行け、お前は死臭がする、と言い放つ。レベッカは怯える娘たちを無理やり自分の車に乗せて家を出ようとするが、娘たちは動揺し泣き叫んでいる。

レベッカは結局ドアをあけて娘達を下ろし、家を出る。

今度こそ報道カメラマンをやめよう、家庭に入ろうと決めたレベッカのもとに、

映画の冒頭、アフガニスタンのカブールで撮った自爆テロ犯の写真集を出版できるようになった、という電話が入る。すぐに現地に飛んで追加の写真を撮って、と。

いったんはそのままアフガニスタンに向かったレベッカだったが、空港のチェックインで踵を返し、長女の学校へやってくる。娘が難民キャンプで撮った写真を前に、母親の仕事について、小さな声でふるえながらも発表している。最初はカメラを向けることにためらいがあったけれど、ここにいる子どもたちは母の撮影を待っている、と。

(大体の内容です)

彼らの現状を伝え、救いの手が差し伸べられるためにレベッカのカメラを待っている子どもたちがいる、と。

娘達におやすみなさいを言って、レベッカはふたたびアフガニスタンに赴く。

最初と同じ、自爆テロ実行犯グループを撮っている。ひとりの女性の胴に巻かれる爆弾。スイッチを手に持ち、上から民族服をかぶり、

街中で自爆するのだ。

この時、レベッカは突然、やめさせなきゃ、と周りのテログループの女性たちに訴えはじめ、

レベッカは次第に小さくなり、

映画は終わる。


このあとレベッカはなにを選び、なにを捨てるのか、それは明らかにされない。

残酷なことが世界では起こっているのに、パリス・ヒルトンのゴシップで騒ぐ人々への怒り、

テロ犯により、恐怖心を植え付けるために唇と耳を削ぎ落とされ、目を見開いている男の子の写真や、リンチされて道に倒れた男の写真を見せながら、レベッカは自分の仕事について娘に話す。

ナイジェリアで、拉致してきた少女に爆弾をくくりつけて、自爆テロをさせたというニュースが少し前にあった。

この映画の女たちは粛々として自爆の準備をするのだが、その自爆テロ犯とともにトラックに乗り込んだレベッカは、

人々に逃げろ、爆発する、と叫びながらも自身も爆風で怪我を負って入院する。

最初と最後のレベッカの行動の違いは、彼女がこれから進む道を示唆しているのだろうか。

映画のストーリーそのものより、やはり爆風や自爆テロのシーン、レベッカが撮った写真、難民キャンプでの銃撃が忘れられない。

映画として面白かったかと言われれば、誰にでも勧められる映画ではない気がするけれど、私は見てよかった、と思う。