『すでに中央も地方も制度疲労や機能不全を生じさせていて、負の均衡状態がますま加速している裡にも、依然としてその構造を維持せんがための中央集権的な動きが、今も加速されようとしています』

 

上記は、今国会での首相の施政方針演説を受けて、昨日投稿させていただいた自己の感想の一文です。過日の祐太郎のU-TURN文章を書き進める上に必要な要件、つまり視座を確定していく上に、近江でもこの流れに直面し、翻弄されていくだろうところの様相を記してはおりませんでした。

 

国や生まれ故郷への主人公の想いと、国家との想いのズレがこの近江においても主人公が直面するだろうとも予測していたのです。下段ではまた、そのことを含めガラスの天井とか、あるいは海外の日本人研究の御仁の言葉などを引用し、日本人に深く埋め込められた封建為政者の庶民への厳しい刷り込み行動とその行状の一部などを紹介してきました。

 

その長い間に庶民の一人ひとりにはめられた「くびき」、あるいは「桎梏」は、長らく一人ひとりの思考にも埋め込まれつづけ、その想いは、現在においても、庶民の一人ひとりの心象に遺り続けていると記載されていました。

 

そのことが多くの専制権力者の行使をゆるし、不承不承のなかにあっても物申さず追随する姿勢を長らく選択してきた、と海外の日本人研究者の文面には記載されてもいたのです。

 

日本の支配層は民主主義を忌み嫌ったとも明示されていました。そのためか、身近な事柄を決定する村会のようなごく初歩的な形においてさえ、政治の伝統や経験の何一つももっていなかったと別のページに記していたのです。

 

明治期においても福澤諭吉翁が書かれた「文明論の概略」の著書にあるごとく「明治は国家をつくったが、国民をつくってこなかった」と。今回の能登地震への救済、紙面でも復旧と復興では概念が違い、その活動も別の次元のものである、と。

どれだけの救済活動がこの地でも必要かと思う時、その後の復興に向けた中長期の工程表が必要であるとも、社説にも書かれていました。

 

その絵図面を誰が書くのか。被災者や当地を牽引していく地元若人の意見や提言を織り込んでもいけるのかどうか。当地の伝統やコミュニティーを活かしながらも、どのようなあらたな概念を織り込み、あたらしいマチづくりの創造、つまりデザインし、再生と実装ができるか否や。それは今からでもすでに始まっていると考えています。

 

それこそ丁寧な民主的手法が、この被災地にも適応ができるのかどうか。試されてもいるのです。

仮設住宅を建てただけで、復興は終わりではないのです。

                            2024年2月1日  NOBU

 

 

シェア