おはようございます。
すっかり秋の気配ですね。
新学期も始まり、夏休みボケから抜け出せない我が家です(^_^;)
ところで、昨日はイジメの話に触れてみましたが、今日も引き続きイジメのお話。
いじめというのは結局差別なんですよね。
自分と違うもの、自分の持っていないものを持つ者への差別。
その昔は、黒人だったりユダヤ人という、もう根本的なところでの差別がありました。
今でも、そういった人種差別は根深いのも確かです。
そこにあるのはやはり
自分と違うものへの恐怖
自分より秀でた才能を持つ者への恐怖
なんですよね。
戦争もそう。
「戦友」というくくりでは、手を取り合うことができるのに、「国や人種」のくくりになると平気で攻撃できるし、殺すことに躊躇いがなくなる。
人は元来、「内に優しく、外に厳しい」もの。
それは、自分のエリアを守るための自己防衛本能なのかもしれない。
次に起こったのが「貧富の差」による差別。
これは、自分が人よりも秀でていると思うからこそ、自分にとって格下と定義付けた人に対して差別をすることで、自己満足をしているのです。
そして今のイジメ。
これは本当に不可解で、「やりやすい」という理由が多い。
特に発端となる原因はなく、ただ単に、
「こいつはやりやすい」
「こいつはやっても許される」
という、何の根拠もないところから起こる。
ターゲットとなる人は、決して頭が悪いわけでもなく、人種が違うわけでもない。
むしろ、明るくて、優しくて、そこそこ賢くて、そこそこ人望がある人がなりやすい。
「平等」というものを掲げたせいなのでしょうか?
人よりも優れた何かを持つ者。
才能、人望がある人は、得てしてターゲットになりやすい。
学校で、社会でのリーダーとなっている人は、そうではないこともあるけれど、大抵、力かお金以外では何の魅力もない人間じゃないですか?
やたらと横柄な態度で、空虚な自信で周囲を圧倒する。
そして、そういう人間が、最も恐れるのは、人間的魅力を持つ人間。
人は弱いもの。
いつだって、自分が正しいのか、このままでいいのかって不安だらけ。
だから「みんなと一緒」が一番落ち着く。
自分がないものを持つものに畏怖の念を抱く。
でもね、人はどんなに似ていても、違う人間なんです。
一人一人名前があって、それぞれの人生がある。
どんなに趣味や思想が同じでも、生き方は全く別のものなんです。
だからもう、比べるのはやめて、
無意味な劣等感や優越感を捨てて、
自分を…人を認めましょうよ。
ありのままを受け入れることで、
自分も楽になれるんです。
人と比べるから辛いんです。
人は人。
自分は自分。
そんな風になれたらとっても楽になれるのになぁ~(^_^)
なぁんて思う今日この頃です。