カシヨン和訳の更新に入っていきたいと思います

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兄はなんでも最初が肝心だと言った。
長兄や次兄に比べて歳は離れていなかったが、
常に優しい声でアドバイスや忠告をすることに対しても全身を使って頷くのは
その誰よりも大人らしい余裕で俺に言うからだった。


ただ1人だけ憧れの対象は誰かと考えた時、それはいつもウノ兄だった。
兄さんと俺は全くと言っていいほど違う道を歩んでいるが、その根本的な本質だけは一緒でありたいと思っていた。





その大切な初めの1歩を踏む今日。兄さんの言うような“最初”とは大いに逸脱したものとなった。
明け方まで雨にたっぷりと苦しめられた地面は冬の天候よりも厳しい春先の風によって凍りついていた。
窓の外を見て「バイクは絶対にやめなさい」という母からの忠告があったものの、寝坊をしてしまったせいでそれ以外に方法がなかった。
聞き分けのいい息子を装うため、悪友に頼み込んで運転手のおじさんに合意を得た。



そうやってこっそりとバイクを引っ張り出してきて道路を走り始めたところまではよかった。
しかし学校の目の前の大通りでカーブを曲がったところで容赦なく滑った。
幸い大きい事故には至らなかったが、おろしたての制服がズタボロになるほど道の上を転がったせいで身体中がしきりにズキズキと痛んだ。
俺の実兄による開会の挨拶で始まる入学式にこの格好で入らなければならないとは。
髪をぐしゃりとするとくそったれ、と自ずと口が悪くなる。





ああ⋯こんなことになって。立ててみると側面にびっしりと傷が付いていた。
バイクを停める場所も当然なくて塀にもたれかからせて置いてみたものの気が気でない。
ひんやりと冷たいアスファルトにスニーカーをトントンと打ち付けてみる。



誰を恨もう⋯俺が悪い。ため息と一緒に吐き出し、空を見上げた。
雲ひとつない晴れた空だった。体の奥まで浄化されるような冷えた空気を吸いながら軽い足取りでホールの中へ入る。
席の整理が思うように進まなかったのか幸いにも入学式は数十分遅れて始まるようだった。

兄さんの挨拶を見られるならよかった。バイクよ、チョンウノ兄さんの声を聞かずにいられるか。
買ってからどれくらいでそうなったんだ、とその険悪な顔で叱られる光景が鮮明に目に浮かんだ。




クラスを探して席につくのは無理だと思い、周りが皆席についた頃を見計らい一番後ろに腰掛けた。
賑やかな市場のようだったホールの中はある程度静かになり、入学式が始まった。
壇上に誰かが上がりマイクを握る。自分のことのように誇らしい気持ちで満たされることがわかる。


胸を張って背筋を伸ばし遠い壇上を見やった。だがそこにいるはずの兄さんはいなかった。
生徒会長の挨拶で始まる入学式は俺の知る暁星高校生徒会長チョンウノではない、他人の声でその始まりを告げた。
場内がざわめいた。兄さんのことが好きな人が多かったからだ。

不思議に思い兄さんに電話でもしてみようか、状況が理解出来ずポケットの中に入った携帯をいじりその考えをかき消す。




延々と続く校長の挨拶に退屈さを隠しきれない生徒が1人2人と増えていく。
3月とはいえまだまだ寒さが厳しい。ホールの中は体が凍るほどに寒い。
女子は皆足を震わせたり着てきたコートにくるまり体を固くしていた。
ぶるぶる震える生徒が目に入らないのか、校長の口の動きは止まることを知らなかった。



寒さにじっと座っていると、首付近が凝り固まってきた。
姿勢を正し、首をぐるりと回すとボキボキと骨同士が音を立てる。
時間の経過を見守っていたところだった。予想だにしない特別な時間との遭遇は、常に思いがけず起こるものだ。
退屈さの中でしばらく油断していた刹那に。ツカツカと。平然と。


「⋯あ、ごめん」


声が聞こえた右側に顔を向けた。少しタイミングが遅れた。
さらに隣の人の足を踏んだのか、短く悲鳴をあげる。その声に瞳孔が開くように耳が開いた。
変わった声だったから自分だけがそちらを見たわけではない。



周辺に座っている女子は、1人2人口を揃えて「かっこいい」と口に出すのを惜しまなかった。
眉間が自ずと狭まる。1度ちゃんと見てみよう。腕組みをし、評価はひとまず斜に構えた目で判断する。
視線は自然とその動く男へ向かって刺さる。


お。


とてもゆっくりとした動作で、そいつの友人が空けた席につくその瞬間まで。
周りの全てが静止して、その神秘的な被写体だけが動きを止めない。

目で認識したその姿は残像のように視線を他にやってもその場に残っていた。
輝く太陽の光を直視したかのようにずっとその場に残っていた。だから見やった。


初めはくっきりと目に入ってきて、2回目は目に焼き付いて忘れられないから、3回目⋯


くそったれ。イケメンではなく、汚く美しくて。




ここにいる誰もが着ている平凡極まりない学ラン、耳と首を覆う髪、つぶらな瞳、伏せられたまつ毛は黒くて。
制服に似合わないストール、青白い顔、口を覆う指は白くて。
そして⋯笑った口元を隠していた手を下ろして現れた唇は赤くて。




⋯⋯変だ。


口を手で覆って笑って、大きいその目を半月のようにカーブさせ微笑み、まるで女でないことを忘れてしまいそうになるほど首から上は女だった。
変だった。いや、黒の学ランに似つかわしくない真っ白なストールを巻いていたところから既に変だったのだ。


そいつに集まった注目はなかなか引いていかなかった。周囲から小さなひそひそ声が絶えない。
その穏やかな波長に合わせるように長時間そいつを見守った。


正確に1分2分と時間が過ぎた。絶えることのない校長の挨拶は自然と聴覚から切り離される。
この数多くの人波が寒さに凍えている冷えきったホールの中には既にあいつと、俺だけだ。
密室であいつと2人きりで話しているかのように特別に感じられる。
寒いホールの空気にもぺちゃくちゃとそいつは友達と無駄口を叩く。


丸みを帯びた唇が休む間もなく動く。息が近くに感じられるみたいだ。
あの、かわいらしい唇がその友達ではなく俺の傍で囁くみたいだ。
友達の言葉を聞きながら、手にほーっと息を吹きかける。寄った唇がサクランボを2つ合わせたみたいだ。



ああ、なんだ。可愛いとまで感じる。



ガラガラと一斉に椅子を引く音が聞こえた。その変な被造物に対する観察は時間の流れを感じさせないまま進んでいたようだ。
入学式はいつのまにか終わり、多くの人波が一斉に押し寄せていった。



ホールの外に出てまでその黒髪と白いストールだけ目に鮮明に映っていた。
白いストールを探そうと周辺を見渡すも結局見つかることはなかった。その薄い体でするりと抜け出したのか。


「チョンユノ!」


友人達は上手く俺を探してどっと押し寄せてきた。
ホールの外の一角に位置した柱にもたれかかっていた俺は、野郎の顔なじみが1人1人目に映る事に意識を鮮明にした。
学校いい感じだな。なあお前、ウノ兄何かあった?そうそう、姿が見えなかったから。電話でもしてみろ。

野郎の口から出たその言葉にその時はじめて俺はあたふたと携帯を探した。
兄さんのことなんてすっかり忘れていた。
透ける光に引かれ明らかに別世界に行っていた。夢を見たように朦朧としていた。



「君がウノの弟だな」



電話はまだ通じていなかった。どうしたのだろうか。
理由が気になり兄さんのクラスを訪ねたが賑やかなその中に兄さんはいなかった。
行き来する途中に先輩であり、兄の友達に尋ねてみたけれど相変わらず行方知れずだった。


最後に職員室を訪れた。兄の担任を探すこと数分。
兄さんの担任が病院に行ったという情報にたどり着くことができた。なぜでしょう?と尋ねる顔に主任の先生は俺を軽く叩いた。
俺の肩を引き寄せて言った。



「ウノ、入学式開始前に突然倒れたんだ」



主任の嘘のような話に俺は混乱した。いつも影のように兄さんについてまわっていた貧血が原因だったのだろうか。
不安な心は色んな雑念を引き寄せて変な推測をしようとする。大事ではないだろう。
着いてくるという奴らを置き去りにしてあたふたと校門を出てバイクを探した。
ところが、これが泣きっ面に蜂と言ったところだろうか今の、これが。



「⋯くそったれが」





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