地震当日17時半くらいの時点で逸見先生と白石先生は家族とメールで連絡が取れていたのですが、
私は妻に宛てたメールの返信が返ってこなかったため、心配になり歩いて帰ることにしました。
1号線は渋滞で車がほとんど動かない状態で、徒歩で横浜から川崎方面へ歩く人がたくさんいました。
タクシーにのってかえろうと思ったのですが、
実際には歩いて帰った方が早かったのだと思います。
鶴見地区にさしかかるあたりで、妻からのメールをやっと確認でき、
みな無事であるということがわかり一安心しました。
実家、兄妹とも連絡が取れ、皆無事とのこと。
鶴見地区に入ると停電のため、信号もついておらず、警察官が車を誘導していました。
街灯もついていなかったり、ファミレスや大型スーパーも真っ暗、
商店街にも灯りはなく、廃墟のような状態になっていました。
さっきまで出来ていたメールの送受信もできなくなっていました。
近くのコンビニでは、懐中電灯を照らしながら、営業をしてくれていました。
19時すぎに、1時間半かけて我が家に到着。
マンションの階段も真っ暗で、携帯のライトを頼りに階段を上って行きました。
鍵を開け、家へ入ると
懐中電灯を灯している中、スーは泣き、龍は晩御飯の最中。
水は出ないが、ガスはついていたため、なんとか料理が出来たとのこと。
奥さんからこれまでの状況について聞いた。
地震のときはスーを抱っこして物の少ない部屋で待機したのち、
地震がおさまったところで保育園のお迎えに。
保育園にお迎えに行くと皆隣の公園に避難していたのだが、
川近くのため、津波の恐れもあるということで、帰宅することに。
懐中電灯を灯しながら、料理を作り、私が帰宅してきた。
20時15分ころ、電気が通り、水も出るようになった。
わずか1時間ではあったが、電気・水道のない生活。
今回の一件で本当に電気・ガス・水道、これらがなければ、何もできないということが分かった。
このようなパニックになったときに、車は無用。自らの足を信じること。
そのために私たちは体力をつけておかなければいけないのだと思う。
何かあったときに身動きが取れる体、耐えられる心の強さ、考える頭・必要な知識
心と身体と頭を鍛えるということ。
人生の課題であり、人類の課題でもある。
心配な事が一点あります。
私の両親の実家は宮城県の石巻市なのです。
私のお爺ちゃん・お祖母ちゃんの親族と連絡がとれていないようなのです。
石巻市は津波の影響を受けている地域。
赤井のおじちゃん、おばちゃんは元気でいてくれているのだろうか?
助かっていることを祈るだけしかできない。
どうか生きていてください。
