こんにちは、Aliceです。

障害者が殺されてしまう、
事件が起きてしまいましたね。

最初は職員として勤めていたのですから、
障害者が可哀想だとか、
同情する気持ちはあったのでしょう。

安楽死も本人や、家族の苦しみを想って
"そうする方が良い"
と思ったのかも知れません。

"誰かに危害を加えてしまう"

それは家族にとって辛く苦しいことでしょう…でも本人が一番苦しい筈です。

"障害を持って人が変わった"

そういう風に言う家族の方は、
一杯いらっしゃいます。

でも根本的なものは変わりません。

…私は先天性の障害を持っている訳ではありませんし、障害が特別重い訳でもありません。精神障害二級というだけです。

家族にかかる負担や、迷惑、心痛…。
それは多大なものでしょう。

それでも、求めるものがあります。
欲しいと想うものがあるのです。

同情ではありません。
可哀想と思って貰うことでも無い。

産まれてきた以上、

愛して欲しいです。
認めて欲しいのです。

"あなたがいるから、私達は幸せになれないのよ‼居なくなれば良いのに‼"

安楽死でもなんでも、それが死であることに変わりはありません。

命も身体も、親から貰ったもの。
殺す権利は親にあるのかも知れません。

否定されることは悲しいです。
死を求められるのは、
最大級の否定です。

"存在することを許さない"

障害者が何も考えていないのだと、
おかしくなったから自分の子ではないと、

何故、言えるのですか?

先天性の障害者だって、
どんなに重い障害者だって、

心はあります。

それを殺して、

"楽にしてやった"
"自由にしてやった"

と言うのですか?

あなたが楽になりたかったんでしょう?
あなたが自由になりたかったんでしょう?

何故、それを隠して、
"私はあの子を愛しているから"
と言えるのですか?

…それでも、愛することは強要出来るものではありません。愛さない、殺す、それも選択肢にあるのでしょう。

だけどそれを誰かの為だとは言わないで。

"生きている以上、愛されたい"

愛される資格が無くても願います。

願いを持って生きているの。
あなたと何処が違うのですか?

迷惑をかけるところ?
人と異なるところ?
不相応な願いを抱いているところ?

生きる資格、普通の定義。

思い上がらないで。
あなたはそんなに偉いのですか?


最後に、
これは私一人の考えです。
勿論、
障害者全員の考え等ではありません。
被害者の心でもありません。

それでも、残して置きます。
一障害者の綺麗事として。


気分を害された方がいらっしゃいましたら
この場をお借りして謝罪致します。

申し訳ありませんでした。



Alice