5 火神被殺

伊邪那岐命は悲しみに暮れながら呟いた。

「愛しの我が妻を、神の一つとしなければならないとは……」

伊邪那岐命は伊邪那美命の枕元に腹ばいになり、そして足元にも腹ばいになって嘆き悲しんだ。
その涙から香山の畝尾の木の本に鎮座する泣澤女神(なきさわめのかみ)が生まれた。
伊邪那美命の遺体は島根県と鳥取県西部の境にある比婆山に葬った。
伊邪那岐命は腰に下げていた十拳剣を抜き、
生まれたばかりの火之夜藝速男神の首を斬ってしまった。
この剣の切っ先についた血が多くの岩に飛び散り、
そこで石折神(いわさくのかみ)、根折神(ねさくのかみ)、
石筒之男神(いわつつおのかみ)が生まれ、
剣の根元についた血もまた岩に飛び散ると甕速日神(みかはやひのかみ)、
樋速日神(ひはやひのかみ)、そして建布都神(たけふつのかみ)とも呼ばれる建御雷之男神(たけみかずちのおのかみ)が生まれた。
剣の柄についた血は手元まで垂れてきたかと思うと、
闇淤加美神(くらおかみのかみ)、闇御津羽神(くらみつはのかみ)が生まれた。

 上の件の石折神から以下の八柱の神は、刀剣製作の順序を述べたものである。

殺された火之夜藝速男神の頭からは正鹿山津見神(まさかやまつみのかみ)、
胸からは淤滕山津見神(おどやまつみのかみ)、
腹から奥山津見神、性器から闇山津見神、左手から志藝山津見神、
右手から羽山津見神、左足から原山津見神、右足から戸山津見神がそれぞれ生まれた。
この斬りつけた刀の名前は天之尾羽張(あめのおはばり)といい、またの名を伊都之尾羽張という。


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黄泉の国の前にまだ神様紹介があったので、もうひとつ投下。

刀剣製作の順序を述べたくだりは、まさにその作り方から連想されたもののようです。
鉄鉱を火で焼いてそれを鍛え、出来上がった刀を水につけてさらに鍛えるさまの表現しているようで、
火の神の血が岩に飛び散る様子は鉄を鍛える時の火の粉を連想しているらしい。

それにしても、自分の愛する奥さんが死んだ原因の一員ではあるけれど、まさか実の子を手にかけるとは。
まぁ、古事記や日本書紀など、その他神話もそうですけど、生まれた瞬間から大人同然に扱っていますし、
人間界の「愛する我が子!たとえ自分の奥さんを殺そうとも愛する我が子!」というよりは、まったく他人の「妻を殺した犯人憎い!!」って感情なんでしょう。

ここまでズラズラと神様の名前が出てきましたが、
日本書紀だとこれらの神様は「神代文字」の一文字一文字の事であると書いています。
つまり伊邪那岐命が嘆いているのは、妻が妻ではなく文字となってしまった事を嘆いているのだと。
なるほど。
有機物から無機物へ変貌したのなら、その嘆きも分かるような気がします。